皇帝を慕う者 ページ17
❀
「(どうして、Aにあそこまで……)」
明日人が、何か言わなきゃという思いから
「一星……」と掠れた声で名前を呼ぶと
そんな明日人を引き止めるように誰かが
肩を掴んだ。
「今は…………そっとしておいてやれ」
「円堂さん、でも………あれじゃ一星が」
可哀想です、と言いかけた言葉を呑み込んだ
明日人。そんな同情など、今の一星に
一番必要のないものだと悟ったからである。
「大丈夫だよ、明日人くん」
「野坂？」
「一星くんのことは、僕に任せて」
円堂と明日人の横を通り抜け、ただ真っ直ぐ、Aに泣きつく一星を見据える野坂の瞳には、何かを固く、決意したような強い眼差しが感じられた。
「自分をあまり責めない方がいいよ、一星くん」
「の、さか？」
誰も口を挟まなかった中で、唯一野坂だけが
一星に喋りかけた。
彼女の胸元から頭を上げた一星の顔は
涙でぐしゃぐしゃになり、太い眉を
情けなく下げて、野坂を見上げている。
「少なくともAちゃんは、君を守るために体を張ったんだ。君自身を責めさせるためじゃない」
そう言いながら
一歩、また一歩。一星の元へ足を進める野坂。
「君を守りたいから、君を助けたいから。
Aちゃんは自分の身を犠牲にしてまで
一星くんをあの技から守ったんだ」
サイドに分けた紺色の髪を主人に叱られた
時の子犬の耳のように、垂れさせる一星。
「それを自分のせいだと一星くんが
言ってしまえば、今度はそれが
彼女を悲しませることに繋がってしまう」
野坂がそんな彼に目線を合わせるように
屈んで、一星の手を掴めば、一星は肩を
大袈裟に跳ねらせて、不安気な瞳で野坂を見る。
「Aちゃんの気持ちを、不意にしないであげて」
「野坂……」
光の宿らない無機質な瞳を優しく細めると
野坂は掴んでいた一星の手をリードするように
動かして、ベンチに置かれていたAの
手の甲に重ね合わせるように乗せた。
「……本当にAちゃんが"大切"なら、彼女が目を覚ますことを信じて待つのも、"優しさ"なんだよ」
「信じて、待つ……」
蒼眼の瞳を大きく見開かせ、黒曜石を
激しく左右に揺らしながら、一星は
野坂の手によって重ね合わされた
Aの手に、ぎゅっと力を込めた。
(野坂くん……どうしてあなたは)
(野坂さん……どうしてあんたは)
(気持ちを押し殺してまで、人の背中を押すの？)
(気持ちに蓋をしてまで、一星の背中を押すんだ)
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作者名：小雪
| 作成日時：2019年1月19日 19時
