幸か不幸か ページ10
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タツヤが森へと迷い込み、辿り着いた先には吉良星二郎が住む豪邸だった。ぼーっとした表情で暫くその豪邸を見つめていると中から何かをぶつけるような音がタツヤの耳に流れ込んできた。
不思議に思い、彼が音のする方へ歩いていくと 窓越しに自分と同い年頃の少年がサッカーボールを何度も壁に蹴りつけている姿だった。
「広い豪邸とはいえ、室内でボールを蹴れば壁に跳ね返り、複雑な軌道を描くことになる。」
タツヤが言うに、そんな特訓とも言えることを続けていた事でヒロトの動体視力や反射神経が鍛えられていたらしい。
「ヒロトは一つ一つのキックと共にボールに怒りをぶつけているようだったんだ。」
「ボールに怒りを...？」
Aがそう聞き返すとタツヤは静かに頷いた。
「父さんの本当の息子なんて、全てを持っている子だと思っていた。なのにヒロトは、違ったんだ。」
お金持ちで親がいて、将来も安泰している。そんな家庭の子なんて、何一つ不自由などないと思っていた。だが、何故かヒロトを見ていると タツヤはそうは思えなかった。
「そんなことが...。」
初めてヒロトの過去について触れた八神は複雑な表情を浮かべた。
「だからヒロトくん、あの時...。」
同じくヒロトの過去を聞いていたAもまた 眉を下げ、悲しげに呟いた。
−−−「あいつは親父を.....俺の父さんを奪って優越感に浸っていただけだ！」−−−
感情をむき出しにして、悲壮な表情で訴えてきたヒロトの姿を思い出す。あの時の彼は今にも泣きそうな声で揺らいだ目で自分を睨みつけていた。
「あいつのサッカーテクニックは誰とも連携せずに生まれた究極の個人技なんだ。」
あの技こそが父親への唯一の反発だったのかもしれない、とタツヤは言う。ヒロトの荒々しいプレーや独りよがりのプレーはそんな彼の気持ちを全体で表しているのかもしれない。
「(ヒロトくんは.....本当に、ただお父さんに自分の存在を認めてほしかっただけなのかもしれない...。)」
フィールドで、なおも走り続けるヒロトのプレーを寂しそうに澄んだ目で見つめながらAは心の中で静かに呟いた。
「...あの頃俺と出会ったことなんて、アイツは覚えてないだろう。」
そう言ったタツヤの声には少し寂しそうな響きが含まれている。湧き上がる声援の中で永世ベンチには静寂に包まれていた。
「そんなことないよ。」
そんな中でAの凛とした声が静まり返ったベンチに響き渡った。
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作者名：小雪
| 作成日時：2018年8月10日 20時
