ワンカップにカカオを敷き詰めて (ページ40)

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「今の曲は、なんて名前の曲？」

演奏が終わり手を止めた彼女にそう尋ねれば、少し考えるような仕草をして口を開いた。
「名前のない曲だよ」
「名前のない？」
「うん」

僕にはよくわからないが、名前のない曲も存在するのか。
「ポピュラーな曲なのか」
「ううん、違うよ」

彼女は指を握ったり開いたりして動かしながら言う。
「知ってる人なんて絶対に居ないドマイナーな曲かな」
「へえ…」

それじゃあ僕も知らないのは当然だろう。
マイナーな曲、彼女の家では流行っていたのだろうか。何故そんな有名ではない曲を僕に聞かせたのだろう。
こういうのは、有名な曲を弾いて…というのが普通だと思うのだが。

まあ、僕らの普通が彼女に通用するとは思っていないが。

「エリーゼのためにって曲は知ってる？」

そう言われて頭に流れるのはあの有名なフレーズ。勿論知っている、知らない人の方が少ない曲の筈だ。
「知ってるよ」
「だろうね、エリーゼのためにって言うのは一般的にはベートーヴェンが愛する女性へと捧げた曲だと知られているんだ。」

薄らではあるが、その知識もある。
僕は頷いて、その後単純に疑問なことを口にした。
「…それで、どうしたんだ」
冷たい言葉ではなく、ただ純粋に疑問だった。
そう尋ねられた彼女は、少しだけ迷うように目をきょろきょろと動かす。

そうして少し間を開けたあと、すいとこちらを見て
ゆっくりとはにかんだ。そうして、こう言った。

「この名前のない曲には、ベートーヴェンを習ってクラーク君のためにとでもつけようかな」

思わず呆然として、そしてその言葉をちゃんと飲み込んで理解した時僕は彼女の肩に手を伸ばしていた。

ただ無意識に詰め寄って、彼女の少し目を開いてぱちぱちと瞬きをするのを見て僕は勢いに任せて詰め寄る。
「それって」

「クラーク君、君の思ってる通りだよ。私は君が、」
それを言い終わる前に手で彼女の口を塞いだ。

「待って」
じわじわと顔が熱くなっていくのを感じる。
彼女が行き場のない手をさ迷わせたあと小さく僕の服を掴んで、小首を傾げた。なに？とでも言いたそうな顔。

でも、待って欲しい。
そう言うのは僕から言わせて欲しい。