太宰夫婦は何処か冷めている。【文豪ストレイドッグス】

花ハ莟ノ侭命ヲ散ラス ページ42

「そうは思わぬかえ、愛しの鏡花や」


女は傘を持つ手とは反対の手に持っていた携帯電話をパチン、と閉じる。あの携帯で泉の夜叉白雪を呼び出したのだろうが、泉が所持している携帯の指示式を変えて貰った事を女の方は知らない筈だ。
それなのに、何故夜叉白雪が召喚出来た?


「息災じゃったか?」


ふわりと泉に笑みを浮かべ、女は泉に向かってゆったりした足取りで歩み寄る。


「私(わっち)がどれほど そなたを案じ胸を痛めたか......このような＿＿ 獣畜生共の下(もと)にそなたを残す事になって」

「ぐあッ!?」


彼女に近づくかと思いきや、意識を取り戻した中島を、女は長い足で踏みつけた。泉に向けた言葉は柔らかく、彼女の事を迚心配していた様だが、女の足元にいる中島の身体の骨がメリメリと軋む。

女は中島を冷ややかな眼差しで見つめ、踏み付ける足に更に力を込める。先刻夜叉白雪により、背中に傷を負われた中島は患部をヒールのあるブーツで踏まれ、苦悶の声を挙げた。


「じゃが、私が扶(たす)けに来た。もう心配はいらぬぞ」

「何故貴女が......電話を」

「簡単じゃ、この小童が云う業者とやらを 刺して吐かせただけの事」


如何やら女は泉と同じ、ポートマフィアの人間の様だ。


「もう何も思い煩う事は無い。私が守ってやろうぞ」


泉の背後にいた夜叉白雪が、ゆらりと姿を消した。女は泉を安心させる様に、穏やかな口調で話し、優しい眼差しで彼女を見詰る。
其の様は愛しき我が子を迎えに来た母親にも見えた。

女が泉を大切に思っていると云う事は、口調や表情だけで十分に伝わる、だが中島は女に泉を渡そうとは考えなかった。


「彼女はもう マフィアには戻らない! 彼女の力は探偵社の仕事で振るわれるものだ!」


中島の言葉を聞いた途端、女は其の目から涙を流した。頰を伝い流れ落ちる涙に、泉は驚いた様に目を見開く。


「矢張り......鷗外殿の許可など待たず 迎えに来るべきであった。このような欺瞞(ぎまん)と偽善の巣にそなたを一秒も置いてはおけぬ」


中島の背から足を退かし、コツコツとブーツの踵を鳴らして泉との距離を詰め、両の手を伸ばすと彼女の細い身体を抱き締めた。


「可哀相な鏡花や、甘言に唆され そこが光の世界と勘違いしたのであろう。じゃが、奴等は孰(いず)れ云うぞ＿＿＿」





『夜叉白雪を使え』





「......!」

「それは厭であろ?」

二体ノ夜叉ト少女ノ怯エ→←闇色の夜叉

→ 目次へ｜作品を作る｜感想を書く
他の作品を探す