◇ ページ20
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「あ」
ただ触れ合っただけの指先に、思わず声を零したら
「…A」
すぐに引っ込めようとした手を、大きな手がギュッと掴んだ。
「え？なに？どうしたの？」
手を掴まれた意味が分からなくて、咄嗟に櫻井くんを見た。
いつもと同じだと思っていた櫻井くんは
今日は違う雰囲気を纏っていたことに、今になってようやく気付く。
濡れた前髪の隙間から、私を見据えたその瞳。
色っぽさが垣間見えて、ドキドキしたのは可笑しな誤解。
「もうやめにしたいんだ」
誤解を生み出したのは、全部櫻井くんの仕業。
私は櫻井くんを必要としているけど、求めていない。
それは櫻井くんだって同じ。
.
見えない糸がゆっくりと解ける音がする。
「だからさ…」
きつく絡まった糸はスルリと解ける。
掴まれた手にギュッと力が入ると
「俺たち、付き合おうよ」
色を変えた大きな瞳が近づいて、反射的に閉ざした視界。
前髪に残った水滴が私の瞼にぽつん、と落ちると
柔らかく重なり合う唇。
一瞬じゃなくて、今度は三秒ほど塞がれた唇に
流れる時間が途端に変わってしまった。
何もなかったように溶け込んだ世界は、もうここにはない。
たった三秒で、世界は色を塗り替えた。
閉ざした視界をゆっくりと開けると
「俺、Aが欲しい」
大きな瞳の中に、私がいた。
「私も」
あなたを求めている私は、あなたの中にいた。
ふたつめの嘘は、あなたが拾った。
〈 二人の冷たい嘘の続き 〉−END−
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作者名：妃紀
| 作成日時：2018年1月17日 18時
