あたらしいうた2

君の声まだ聞こえず ページ48

ビールを飲んでいるAをぼーっと眺める。

先程見た現実にまだ心は重たかったが、仕方のない事じゃないかと自分に言い聞かせていた。
それでも胸に何かが引っかかっている。

何気なく振り向くと、Aが気持ち良さそうに床で寝ていた。


久しぶりに見る寝顔にハッとした。


「A寝てんじゃん」
麻也がAに触れようとした瞬間、咄嗟に体が動いた。

「いいよ。寝室まで俺が運ぶ」
誰にも触らせない様に、俺がAの体を抱き上げる。
それを見ていた麻也が笑ったから睨んだ。


俺の腕に包まれたAの顔を見ながら、心の奥から熱い何かが流れ出してくる。

ゆっくりとベッドにAを寝かせると、Aから香る俺と同じシャンプーの匂いにまた心が熱くなる。


スヤスヤと気持ち良さそうに眠るAの寝顔を見つめる。

今まで俺は何度この寝顔を見て来たんだろう。


あの頃と全然変わらないAの寝顔

柔らかなAの頬を撫でてて思い出すのは、初めて一緒に隣で寝たあの日の恥ずかしくて嬉しかった気持ち


…俺だけのものだったはずなのに


俺と同じ匂いのする柔らかな髪の毛を撫でながら、こんなにも時間が経ってしまった事を悔やんだ。

一度そう思うと、どんどん溢れ出る感情に支配され胸が苦しくなる。


そんな事は知らずに気持ち良さそうに眠るAを見て思った


Aがここに帰って来てくれて良かった


Tシャツからまだ覗いている赤い跡を布団で隠して、寝室を後にした。


部屋に届いたコーヒーのいい香りで目が覚めた。
リビングから3人の声が聞こえる。

Aの声がドア越しに聞こえて、思わず狸寝入りをした。


静かに開くドア

クスッと小さな笑い声が聞こえ、Aがベッドに近づく気配がした。


驚かせようかな

そう思った矢先、暖かな温もりが髪の毛から伝わってきた。


懐かしく切ないAの温もり


その手が俺から離れた瞬間、思わずAの手を掴んでいた。

Aは驚いた顔を一瞬したが、俺の目をずっと見つめる。


その真っ直ぐな目に耐えられなくなり、「起こして」とAに甘える。

呆れた様に笑ったAの手が俺に触れた瞬間、思わず自分の胸にAを抱き寄せる。

緊張して心臓がうるさくなった瞬間、『離して』という小さな声が聞こえた。


手をゆっくり緩めると、再びAの身体にしっかり刻み込まれている大津の印が目に入る。


何やってんだ、俺


部屋を出て行くAの後ろ姿をただ見つめていた

西も東もないような昼下がり→←忘れてしまったのなら思い出さないでいいよ

→ 目次へ｜作品を作る｜感想を書く
他の作品を探す