ラブセレナーデ12

22 ページ22

もうすぐ3月になるというのに、ドイツの空気は今日も冷たい。

ピュゥと冷たい風が吹きマフラーに顔を埋めると、巻いてきた黒色のマフラーから微かに篤人の香りがして、嬉しくて頬が緩んだ。






シャルケの練習場は、たくさんのサポーターが見に来ていた。




周りを見回すと日本人の姿も見え、

日本人はほぼ女性しかいない事に、蒼さんと顔を見合わせ、笑う。









「あっちゃん、見っけ 笑」

篤人を見つけた蒼さんは、嬉しそうに目を細めた。







「こんなに寒い中、ご苦労さんだな」

篤人を見たまま、蒼さんが笑った。




『ですね 笑』
「Aちゃんは、よく練習見に来るの？」
『何度も見に来てるはずなんですけど…』
「そっか」


それ以上この話題に触れないのは、蒼さんの優しさ。
それから蒼さんはしばらく、篤人の練習をただ黙って見つめていた。









「Aちゃん」


蒼さんは篤人から目線を逸らさずに、優しく私の名前を呼んだ。

ほぅと蒼さんが吐いた白い息が、ゆっくりと空に昇る。







『はい』
「あのさ、」

蒼さんが、またほぅと息を吐き出した。

その白い息は、ドイツの冬空に昇っていく。







「俺ら幼馴染みも、Aちゃんがあっちゃんの側にいてくれる事が、凄く嬉しいんだ」


篤人から目を逸らさずに言葉を続ける蒼さんの白い息が、空に昇っていく。






・





「あっちゃんの両親も Aちゃんがあっちゃんの側にいてくれている事を、本当に喜んでる」


蒼さんの白い息が、ゆっくりと空に昇る。








「俺が言うのも、変だけど」

蒼さんが、真っ直ぐに私を見た。


蒼さんの白い息が、ドイツの空に昇っていく。





・







「目が覚めてくれて、ありがとう。
あっちゃんの事を思い出してくれて、ありがとう。

あっちゃんを愛してくれて、ありがとう。
あっちゃんと出逢ってくれて、ありがとう。


ここにいてくれて、本当にありがとう」







・





蒼さんの白い息が、ゆっくりと空に昇っていく。

その白さを、涙で少しだけ霞んだ世界で、見ていた。








「あっちゃんの事、よろしく」
『はい』
「あっちゃんの事、ずっとずっとよろしく」
『はい』



満足そうに笑った蒼さんの白い息が、空に昇って

ずっとずっと という言葉に込められた想いが、優しく温かく、心に溶けていく









”Aが今ここにいる事は、たくさんの人が望んだ事なんだ”


あの日の麻也の言葉が、心に優しく温かく、溶けていく

23→←21

→ 目次へ｜作品を作る｜感想を書く
他の作品を探す