アップルソング2

夕方にはここを出て白い月といくつもの夜を越えて ページ48

ガチャンと玄関のドアが開いたのは、夕方になろうかという頃。

リビングに入って来た篤人が「用意出来てる？」と、ソファーに座った。






『うん』
「俺が着替えたら、出発ね」
『わかった』
「あいつらは？」
『美咲は、今夜は明日香の家に泊まるって』
「そ」
『うん 笑』
「あいつの家、汚そー 笑」

小さく笑った篤人を見て、私も笑った。





マンションの外に出れば、タクシーが止まっていて。

「電車でも行けるんだけど、静かに過ごしたいからね」と、篤人が先に乗り込んだ。








窓の外を流れる、東京の町並み。


居酒屋のチェーン店に、あちこちで見かけるファーストフード店。
お寿司屋さんに、カレー屋さん。
たくさんの日本語の看板、たくさんの日本人。


数週間前に日本に帰って来て 不安を抱えていたまま見ていた風景とは、全然違っていて。
この景色を懐かしく美しいと思えるのは、リハビリを順調にこなしている篤人を側で見ているから。

それでも、少しだけ違和感があって。
私達がいるべき場所はドイツのあの家だと、そう思った。









「ありがとうございます。4240円になります」

タクシーが止まったのは、格調高いホテルの玄関前。
テレビで、世界初の6つ星ホテルだって言ってたな、なんてぼんやり思い出す。


まさか、こんな所に泊まるなんて。

驚いている私に構わず篤人は「行くよ」と、ツカツカと歩き出した。









「予約した、内田です」



豪華なロビーで篤人の背中を見ながら思い出していたのは、初めて二人でホテルに泊まった鹿島のあの日の事。

スイートの部屋に案内された時、凄く驚いたな。




あの時見た篤人の背中より、少しだけ大きくなった背中。
恋人同士から夫婦へと変わった、私達。



キーを受け取った篤人が「行くよ」と、振り返る。








私達の小さな荷物まで持ってくれる、ボーイさん。
エレベーターの上昇する速度は驚く程早くて、あっという間に私達の泊まる部屋の36階に止まる。

部屋に続く廊下の絨毯は、フカフカで。








「こちらのお部屋でございます」

案内された部屋に、また私は驚く。





足下から天井まで広がる窓は、東京の街並が一望出来て。
キングサイズのベッドに、大きなバスタブ。


日常とかけ離れた空間に驚くも、嬉しくなる。








「広っ」
『ね 笑』
「キングサイズのベッドなら、何をしても絶対に落ちないな」




ニヤリと笑った篤人にキスを落とされ、その唇には既に熱が籠っていた。

囁く愛の言葉もひとりでに歩き出す→←いつも思っていた　君の夢の向こう

→ 目次へ｜作品を作る｜感想を書く
他の作品を探す