アップルソング2

五月雨 ページ33

日本に向かう飛行機の中、篤人はいつも通りだった。
機内食をペロリと平らげ、 アラカルトメニューからラーメンをCAさんに頼んで。



「日本帰ったら、ラーメン食いに行こ。どこがウマいか、鹿島の連中に聞いておく」

ラーメンもあっと言う間に食べ終わり、しばらくして毛布に包まって篤人は眠りについた。



スヤスヤと聞こえてきた、篤人の寝息。
いつもと同じ篤人の寝顔を、しばらく私は見ていた。




きっと寝れないだろうな。
そう思っていたのに、いつの間にか私も眠っていた様で。

「あの。うちの奥さん寒がりなので、毛布をもう一枚もらえますか？」


微かに聞こえた篤人の言葉に、幸せを感じた。









ドイツを出発して、15時間後。
私達は、日本に着いた。





「報道陣が待ってると思うから、ここからは別行動ね。俺はそのまま、検査に行ってくる」
『うん』
「しばらくマンション暮らしね。リハビリ施設近くの」
『マンション？』
「もう手配もされてるはず。それに、迎えも来てるから」
『迎え？私の？』
「そう。佐伯さんっていう、サッカー協会の人。ロビーについたら電話して。番号は、」
『わかった』
「何時に帰れるかわからないけど。連絡する」
『行ってらっしゃい、篤人』
「行ってくる」

ふぅと、大きなため息をついた篤人。
「あまり心配しなくても大丈夫だからね」と一言残し、篤人が歩いて行った。

私は篤人の後ろ姿が見えなくなるまで、その背中を見つめていた。








「どうも。佐伯です」
『初めまして、内田の妻です。わざわざお迎えに来て頂き、ありがとうございます』
「これもサッカー協会の仕事ですから 笑。遅くなりましたが、ご結婚おめでとうございます」
『ありがとうございます』
「じゃぁ、マンションにご案内しますね」
『宜しくお願いします』


見慣れた日本の風景。
日本語の看板、たくさんの日本人。

いつもなら心の踊る風景だが、今回ばかりは複雑な気持ちだった。






車が止まったのは、想像よりも大きなマンションの前。

「セキュリティもしっかりしてますし、最低限の生活用品も揃っています。リハビリ施設も近いですし、スーパーもすぐそこにあります。内田さんのチームとサッカー協会からは、少々長い日本の滞在と伺っています。もし何かご不便があれば、遠慮なく言って下さい」






”しっかり旦那を支えないとね。内田さんの奥さん”


デュッセルドルフ空港に向かう車の中での篤人の言葉を思い出し、背筋がピンと伸びた。

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