アップルソング

ドアの向こうには過去と未来 　ー祐樹SIDE ページ35

花嫁の控え室の前にいると、知らない女性がその部屋から出て来た。
その人の両手には、プロの人が使うメイクボックス。




「あの。花嫁さんは、準備出来ましたか？」
「はい。もう入ってもいいですよ」



俺は、この人にどう見えてるかな。
この格好からして、どう見ても新郎じゃないし。

友達？
いや、友達じゃ無い。
もっともっと深い所で、俺とAは繋がっているんだ。



大きく深呼吸し、「終わった？」と部屋のドアを開けた。







Aと目が合った瞬間、時間が止まったのかと思った。



真っ白の着物を纏ったA。
黒い髪の毛に、白いダリアの花が映える。




Aの花嫁姿は、俺の想像を遥かに超えていて。
綺麗とか、美しいとか、そんな言葉じゃ言い表わす事が出来ない。


幸せが、Aの全てから溢れていた。






「…A。超綺麗」


口から出たのは、結局ありきたりの言葉。
その言葉に『ありがとう、祐樹』と、Aが更に幸せそうに微笑む。


窓から差し込む光が、Aを穏やかに照らしていて。
全てが、祝福している様にさえ思えた。






…もし隣にいるのが、俺だったら


微かに頭を掠めたのは、そんな小さな考え。









「大津。お前、ウッチーよりも早く花嫁の姿を見んなや」


俺をそんな時間から引き戻してくれたのは、真司くんだった。






「真司も大津君も行くよ。もう新郎来るから」

明日香先輩の言葉に一度部屋を出ようとし、クルリと向きを変えAの側に向かう。
どうしても、Aに伝えたい言葉。




”おめでとう、内田Aさん。本当に綺麗だよ”









厳かに、式は始まった。
内田先輩がAの為に用意した結婚式は慎ましく、それが二人らしくて。


Aの幸せそうな顔に、胸がいっぱいになる。




婚約指輪の上に重ねられた、結婚指輪。
内田先輩の左手にも新しく存在する、二人が夫婦になった証。







「A。写真撮ろう」
『うん』
「今日の一番の笑顔で、写ってね」
『難しいな、それ 笑』



新郎に撮ってもらったAとの写真に、息を飲んだ。





そこに写るのは、俺の嬉しそうな笑顔。
家に飾ってあるAとの2枚の写真よりも、もっともっと嬉しそうな顔。



それを見た瞬間、さっきのくだらない小さな考えが形を無くした。







愛よりも深いものって、きっとあると思うんだよね。



Aと同じ位、今の俺も幸せだと思う。
うん。間違いないね。



やっぱり、これが正しかった。

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