ラブセレナーデ7

21 ページ21

「楓。座りなよ」




莉子さんの柔らかな声にも反応せずに、楓さんはじっと私を見ていた。
私はその強い視線に目を逸らせずにいて。

「楓。ほら」という莉子さんの少し困った声に、楓さんがやっと私から視線を外した。






「楓。何飲む？」
「…ビール」
「食べ物は？」
「いらない」

少し困った様に笑った莉子さんが「楓。こちら、Aちゃん」と、私を紹介した。



莉子さんの言葉に、一瞬だけ私を見た楓さん。

「…どうも」と言った楓さんは、すぐにメニューに目を落とした。






『初めまして』

私の言葉は、「莉子。私、これ食べようかな」という楓さんの言葉に消える。








部屋に流れる、重い空気。
小さく聞こえた、篤人の溜め息。
苦しくなる胸。







莉子さんと蒼さんは、しきりに私に話しかけてくれた。


ドイツでの生活はどう？
料理が上手だって、あっちゃんから聞いてるよ。
あっちゃんとケンカする事ある？
たまにあっちゃんって難しいよね 笑。困ったら、連絡しておいで。私達がガツンと言ってあげるから。
これ美味しいよ、Aちゃん。
今年のどこかでドイツに遊びに行くから、その時は宜しく。



莉子さんと蒼さんと私の会話には、篤人と楓さんは一切参加してこなくて。
たまに莉子さんが楓さんに話しかけても、「うん」か「別に」の一言で会話が途切れる。

どんどん不機嫌になる篤人を、見る事が出来なかった。







「Aちゃん。ゴメンね」

お手洗いから出ると、莉子さんが私を待っていた。




『何がですか？』
「楓の態度が悪くて…」
『全然 笑』
「楓はいつまでもあっちゃん離れが出来ないから…」
『大丈夫です 笑』
「決してAちゃんが嫌な訳じゃないんだ。誰が来ても一緒。楓は寂しいだけなの」
『寂しい？』
「そう。ずっと一緒だったあっちゃんがサッカー選手になって、日本代表になって。そしてドイツに行っちゃって。あっちゃんは何も変わっていないけど、周りの環境がどんどん変わったから…」
『…』
「Aちゃん。私は、あっちゃんの彼女がAちゃんで良かったって思ってるんだ。本当だよ」
『ありがとうございます』
「だから、」
『大丈夫です。楓さんの気持ちもわかりますから』
「本当？」
『はい 笑』
「戻ろうか」
『はい』




私は、上手く笑えていただろうか。
楓さんの気持ちも、わからなくはない。
それでも楓さんの態度に、胸が苦しかったのは事実で。




溢れそうになる涙を、天井を見上げ必死に耐えた。

22→←20

→ 目次へ｜作品を作る｜感想を書く
他の作品を探す