ちょっと吐いてきていいですか？

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「すごい綺麗…」

Aが漏らした感想に相槌を打ち、時計に視線を移す。もうすぐ昼の時間だ。丁度お腹も空いてきたし、調べておいた近場のレストランへ移動しようかと思い口を開いたが、直ぐにやめた。

「ああ、可愛い…」

無邪気な笑顔で、水槽をあまりにも熱心にのぞき込む連れがいたからだ。確かに美しいとは思うが、そこまで熱中できるのか、理解ができない。
彼女が見ているのは熱帯魚の水槽だ。比較的小さな、壁にはめ込まれた水槽に鮮やかな魚達が優雅に泳いでいる。俺も隣で覗こうとすれば、Aは少し横へ動く。

「…綺麗だ」

素直な感想が零れた。ほの暗い水の中、魚が輝きながら泳いでいる。その光景はまるで、小さな頃こっそり覗き込んだ母親の宝石箱のようだった。

「…ねえ、御国。あの子、貴方に似ていない？」

その言葉にはっとして、白い指がさす方を見れば、そこには蜂蜜色の小さな魚がいた。見ている間にスイスイ水中を縫い泳いでいく。尾びれが光を浴びて、太陽のように輝いている。

「ハニードワーフグラミーって、言うみたいよ」

目で追っている間に、横にある説明文を読んでいたようで、Aが淀みなくその名を読み上げる。なるほど、ハニーとはよく言ったものだ。名は体を表すか、と感心していればAが再び覗き込んでくる。頬が触れそうなくらいの至近距離。傍から見れば恋人のようだろう。それでいい、それが狙いなのだから。

「すいてて良かったね、水族館」
「そうだな。人混みはあんまり好きになれない」
「好きな人って少なくない？」
「まあ、そうだね」

くすくすと、笑いを零しつつ談笑を楽しむ。俺は交際に興味が無かったから、よく分からないけど、これは一般的なカップルに見えるだろう。
Aも、モテはしたが恋人がいた時はないらしい。だから一時期同性愛者ではないのかと噂が流れたほどだ。本人は知らないが。しかしその気がないのは知っている。

「ねえ、そろそろ行かない？」
「ああ、レストラン予約しているから移動しようか」

そっと腰に手を回し、自然にエスコートをすれば、Aは苦笑して身をゆだねてくる。

「本当に完璧ね、御国は」

意地悪そうに唇を歪め、そいつは笑う。それに微笑みを返し歩き出す。段差があればそれを伝え、人にぶつかりそうになればこちらへ抱き寄せる。
自分で言うのもなんだが、完璧な彼氏だと思う。それに自然についてくるAも完璧な彼女だ。

そう、不自然なくらいに、ね？

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