私たちは嘘をつきました【紫】 (ページ38)

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「え…Aちゃ」
『深澤さんのこと嫌いとかそういうわけじゃないんです。優しくて気遣ってくれて…。
ただ、向井さんと近いんです。近いから、またこういうことになって辛くなるのが嫌なんです』

ただの自分勝手すぎる言い訳だと思う。でもこれ以上辛くなりたくなかった。
そして、その度に深澤さんに気遣わせてしまうのも嫌だった。そしてこの曖昧な、名前のない関係を向井さんたちの前だと、何故かみじめな気持ちになってしまったのがとても嫌だった。自分をもっと嫌いになりそうだった。

『前に深澤さんが「俺たちの関係は続けていようよ」って言ってくれましたが、ごめんなさい…』

そう言って繋いでくれていた手をそっと離した。

「…じゃあ最後に送らせて」
もう、深澤さんの顔は見れなかった。

タクシーの中では「Aちゃん、見て、今日は月が大きく見えるよ」といつもの優しいトーンで話しかけられる。『そう、ですね』ぎこちない返事しかできなかったけれど「ちょっと欠けてるけれど、満月になるまでなのかな。それとも満月になった後なのかなぁ」あくまでも最後まで普通にしてくれようとする深澤さんはどこまでも優しい人なんだと思う。

『ありがとう、ございました』

「…うん」

今日も財布を出そうとすると「いーの」と財布を押し戻された。タクシーを降りて会釈をする。顔をあげた時に少し眉が下がっている深澤さんの顔を見てしまい

…こんなに優しい人にそんな顔をさせてしまった

どうしようもなく胸が苦しくなった。

「じゃあ、お仕事、これからも頑張ってね」

『……はい。深澤さんも』

「もちろん。Aちゃんが見ない日がないようにしてみせるから」

『私も、もっともっと、お芝居頑張ります』

「…ん。ずっと応援してるから。もう俺からは連絡しないようにする。

　けれど、
　
　
　Aちゃんから、連絡くれたら、いつでも行くから」

「…いつか、またね？」もう暗いから早く建物の中入って、と優しい声が閉まっていく窓とともに小さくなっていく。

後ろを向いてマンションに向かっていくのを確認したようにタクシーのエンジンがかかって走り出していく。

私は振り返ることができなかった。