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社会人三年目。一緒に住んでいた姉の、「彼氏とここで同棲したいから自分で部屋を借りてほしい」という言葉になかば追い出されるような形で始まった初めての一人暮らし。最初こそはほんの少し寂しく不安もあったが、慣れればなかなかに快適なものであった。
幸い朝にも強いし家事も自炊も問題ない。見たいテレビ番組が合わず喧嘩になることもなければ、姉が彼氏と電話しているときの甘ったるい声を聞くこともない。一つ問題があるとすれば、家賃をけちったために駅から少し離れていることくらいだろうか。それも仕事帰りに道沿いのスーパーに寄りやすいことや、運動不足の解消になることを考えればなんてことはなかった。
「ただいまぁ」
誰もいない真っ暗な部屋に声をかけ、一日履き続けたヒールを脱ぐ。この瞬間がたまらない。ぺたんこの靴でもいいのだが、小さく見られるのが嫌でいつも7cmヒールで武装している。
夕食もお風呂も済ませ、缶ビール片手にSNSを眺めていると、同級生がまた一人結婚したことを知った。幸せそうな写真に心が暖かくなると同時に、自分は・・・という焦りも生まれる。
まだ大丈夫、人は人、自分は自分。そのうちいい人が見つかって数年後にはこの子みたいに笑顔の写真をSNSにあげるんだ、そう自分に言い聞かせながら空き缶を洗うために立ち上がったその時だった。
玄関の鍵がささる音がしてドアノブをガチャガチャと回される。「あ?おかしいぞ開かねえじゃねぇか」という声と共に鍵を先程より激しくまわそうとする音に、背筋がすぅっと冷えた。泥棒だろうか、それとも気付かぬうちに借金をしてしまっていてその取り立てとか・・・と恐ろしい妄想に思わず泣きそうになる。
なおも鳴り止まない音と「おい、冨岡!寝るな!起きろ!部屋入ってから寝ろ!こら冨岡!」と怒鳴る声についに涙が溢れるが、はたと冨岡という名前に聞き覚えがあることに気がついた。
「冨岡、さん・・・お隣の人だ」
私の部屋を冨岡さんの部屋と勘違いしているのかもしれない。ドアチェーンがかかっていることを確認して鍵を開け、少しだけ玄関のドアを開けると、フードを被った男の人がやはり隣の部屋の住人である冨岡さんを支えて立っていた。
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作者名:おちゃっぱ | 作成日時:2020年1月22日 21時