・ ページ7
・
「‥あれ」
気がつけば、空が赤く染まっていた。
それなりに体力を奪われていたのか、寝てしまっていたのだ。顔だけ軽く起こせば、知らないうちに毛布が取り除かれていた。確かに背中はジットリと汗ばんで、寒気はもう無い。熱が上がりきったのか。
「‥‥」
トイレに行きたいな、と思った。ゆっくりと体を動かし、点滴が抜けないように注意する。やはり上がりきっているのか、体の芯が燃えるように暑く、そして怠かった。
「‥よいしょ」
スリッパを履き、点滴を散歩へ連れていく。喜んでいるのか、タイヤがキイキイと音を立てた。グラグラと揺れる視界の中、やっとのことで病室の入り口へと辿り着く。不味いかもしれない。思ったより高熱な気がする。
とは言えトイレはすぐ近くだ。きっと大丈夫だと自分を慰め、ワックスの効いた廊下を歩く。スリッパの気が抜けるような音だけが響いた。
「‥‥マジかよ」
最寄りのトイレ、なんて表現して良いのかは分からないが、そこには「清掃中」と書かれた黄色い看板。俺という人間は、とことん不憫だ。唇をキュッと結び、その場を後にする。清掃なんてすぐ終わるのだから、大人しく待っておけば良いという考えは、どうやら熱が出ると何処かへ飛んでいってしまうらしい。
「‥下、行くか」
ポツリと1人呟く。あいにくエレベーターは工事中では無かったので、すんなりと捕まった。箱の中に入る。
「‥お兄さんは？」
「あ、2階で。‥すみません」
先客の、いわゆる世の中で関わってはいけないとされるような特徴を全てコンプリートした男性が、ぶっきらぼうに言った。萎縮しながらも頭を下げる。
明るい頭髪、耳に空いた複数の穴、絶えない傷跡、ジャラジャラとしたアクセサリー、派手な洋服‥。見てはいけないと思いつつ、気になってチラリと見てしまう。俺が触れたことの無い、都会の匂いがしていた。
ドアが閉まる。2人きりの箱の中、動き始めたエレベーター。一気に重力を感じる。グワンと襲いかかる浮遊感。俺の体は耐えきれず、思わず崩れ落ちた。視界が歪む。気持ち悪い。こういう時にエレベーター乗るんじゃなかった、と後悔する。
「‥え、ちょ‥お兄さん？」
あの都会人が狼狽えているのが分かった。立たなきゃと思うのに、視界がグチャグチャで、思うように動けない。
「揺らしちゃ、駄目、だよな‥え、っと‥お兄さん？‥お兄さん？」
冷たく骨張った手が添えられる。金属の質感を肌に感じ、何故か安心して目を閉じた。
・
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 397人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：輝月姫 | 作成日時：2023年8月22日 16時
