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「‥さんじゅうななど、ごぶ」
存在を主張するそれを脇から取り出せば、何とも信じがたい数値が映し出される。体が怠いなとは思っていたけれど、せいぜい微熱くらいだと思っていた。己の体を過信していたのかもしれない。そろそろ現実を見るべきなのに。
「見せて下さい、松村さん」
「あ」
言葉を発する間も無く、森本先生に取り上げられる。わざとらしい溜め息が聞こえた。
「‥これのどこが37.5℃だと？」
彼が呆れながら画面を見せつけてくる。38.5℃。
「‥俺にはそう見えたの」
「‥7と8はかなり違いますけどね、久々の発熱のようなので意識も朦朧とする程の重症ですか？」
嘘つきによっぽど腹を立てているのか、普段は言わない嫌味を吐いてくる。よく「北斗は患者失格」なんて言ってくるけど、慎太郎も大概だと思う。布団を被り反対を向く俺に、「点滴替えますよ」なんて声が聞こえた。そんなことは勝手にすれば良い。返事もせず、されるがままの俺。
「松村さん、そろそろ嘘つくのは辞めにしたらどうですか？どうせ幼馴染みには全部バレるんだし」
「‥分かるんじゃなくて、疑ってたら、たまたまそれが当たっただけでしょう」
「そうとも言いますねー。‥というかさっきから毛布被ってますけど、寒いんですか？」
「‥‥そうとも言いますね」
「元気そうで良かったです」
体に重みが加わる。「毛布足しときますね」。言うこととやることの順序が逆転しているのも変わっていない。
「お分かりかとは思いますが、トイレや購買など、1人で出歩かないように。それから、何かありましたらナースコールを押して下さい」
「‥ん」
ガラガラ。引き戸が閉まる音がする。六人部屋、締め切られたカーテンから目をそらす。仕切りの奥にも人は居る筈だけれど、話す気にはならない。きっとせいぜい八十代くらいの、俺とは話の合わないご老人だ。俺のように若くして心臓が悪い人なんて、そうそう居ないから。
「‥‥」
そうそう居ないんだろうなぁ、と思う。
27歳。ろくに学校へも行けず、学歴が無いから当然良い就職先へも就けない。友達も1人だけ。恋人も居ない。家族には迷惑を掛けっぱなしで、遂には愛想を尽かされた。見舞いに来てくれる人なんて居ない。先天性の心臓疾患で余命3年、夢も希望も金もない、そんな27歳はこの世できっと、俺だけだ。
「不憫だなぁ‥」
どうしようもなく寒くて毛布を被る。やっぱり熱を出すと、人の思考はどこまでも堕ちていくものだ。
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作者名：輝月姫 | 作成日時：2023年8月22日 16時
