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「‥お医者さん？」
「うん」
目を丸くして聞き返すと、慎太郎は照れくさそうに頷いた。
俺にとっては小学生最後の、慎太郎にとっては残り2回の夏休み。毎日遊びに来てくれる慎太郎は、何時もと変わらず、宿題とゲーム機をベッドの上いっぱいに広げる。
「んー、俺トイレ行ってくるっ」
「うん、行ってらっしゃい」
ベッドの上、つまりは俺の足の上に置かれた算数ドリル、漢字プリント、絵日記、ゲーム機、そしてそのソフトたち。着いていってやろうかと思うも、この荷物のせいで動けない。苦笑しながらも彼を見送り、不意に本から顔を上げた時だった。
「夢‥？」
『将来の夢』。机に広げられた、クシャクシャのプリント。その紙の上に印刷された、明朝体の堅い文字。そこの下の枠、慎太郎の元気な字で、「お医者さん」と書かれていた。
「‥お医者さん‥」
はみ出しても尚同じ大きさを保たれた「ん」。文字を小さくしてでも枠内に収めるという発想は、彼には無い。
心なしか丁寧に書かれたそれを、穴が開くのではないかと思う程にじっと見つめる。「お医者さん」。間違いなく慎太郎の文字。
「見たの？」
「わっ」
突如、ソプラノが耳に滑り込む。思わず飛び退くと、慎太郎がクスクスと笑った。それから彼は少し高いであろう椅子に座り、大きな目で俺を見上げる。
「見たんでしょ」
「‥うん」
問い掛けに素直に頷けば、慎太郎は困ったように眉を下げて微笑んだ。「ごめんね」と言うと、「ううん」と首を横に振りながら、両足をプラプラさせた。俯きながら、彼がポツリと呟く。
「‥お医者さんに、なりたいんだ」
半信半疑が、確信に変わった瞬間だった。言葉にすることで、ああ、あれは本当だったのか、と、プリントの文字が重みを増す。
「‥お医者さん？」
「うん」
目を丸くして聞き返すと、慎太郎は照れくさそうに頷いた。
「‥お医者さんになって、北斗や、北斗みたいな人を助けたい」
「‥‥」
「なれるか、分かんないけど」
困ったように笑いながら、消え入りそうな声で夢を語る。俺はそっと、息を吸った。「なれるよ」。慎太郎が顔を上げ、ふにゃりと笑う。
「慎太郎ならお医者さんになれる。だからさ、俺の病気、治してよ。それまでちゃんと生きて、お医者さんになった慎太郎のこと、待ってるからさ」
「‥うん、絶対」
「約束ね」
小指を絡ませ、微笑み合う。
俺達は約束を守った。それから月日が経ち、俺は27歳で、慎太郎は俺の主治医になった。
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作者名：輝月姫 | 作成日時：2023年8月22日 16時
