汚れた世界で息をする。 (ページ18)

今日:25 hit、昨日:17 hit、合計:35,649 hit

・ページ18

・

「‥田中、さん」

「ん」

小さくそう呟けば、彼がモゴモゴと欠伸をしながら軽く頷く。相変わらず怠そうに身動きをとる田中さんに合わせて、ゴールドのリングピアスがチラチラと光を放つ。

「‥そういや」

「っはい」

傷が痛むのだろう、少し顔を歪ませながら田中さんがこちらに視線をやる。鼻をくすぐる、甘いバニラの香り。

「そのー‥体調は、大丈夫そ？」

「‥あー‥‥大丈夫、です‥？」

「‥ナースコール、とか‥押した方が良かった？」

「あ、いえいえ、全然、そんなそんな」

お構い無く、と頭を下げれば、そっか、と少し安堵した声色で田中さんが呟く。

「心臓悪いって聞いてたからさ、うん、何つーの、大丈夫そうなら良かったわ、うん」

「‥‥へ？」

「‥ん？」

何か俺変なこと言った？みたいな顔でこっち見てきますけど、ちょっと待って、田中さん、俺‥。

「俺、心臓悪いこと言いましたっけ‥？」

言ってないよね。そう尋ねれば、キョトンとした顔で俺を見つめる田中さん。きっと俺もこんな顔してんだろうなって思いながら、2人静かに見つめ合う。

「え、言ってないですよね‥？」

「‥待って、あれ、さっきのこと覚えてない感じ？」

「‥さっきのことって何ですか‥？」

「え、マジで覚えてないの‥？ほら、エレベーターで」

焦ったように言葉を紡ぐ田中さんを横目に、エレベーターで何があったのかを必死に思い返す。エレベーター‥って。

「‥あ」

森本先生からは『1人でトイレへ行かないように』と言われていたのにも関わらず、熱で意識が朦朧としていたのか何なのか1人でトイレに行こうとしたものの、この階は清掃中だったので仕方なくエレベーターで下の階に行こうとして‥。

「倒れたところを助けて下さった方‥？」

うっすらと覚えている、確か田中さんみたいな人がずっと声をかけていてくれた記憶。もしかして、と思いながらそう言えば、田中さんは顔を綻ばせて。

「そう！焦ったぁ、記憶飛んでんのかと思ったぁ‥急いで医者呼ばないとって」

「あ、呼ばなくて大丈夫って言うか呼ばないで下さい」

死ぬほど怒られる未来が見える。

「‥ていうかそれを今まで分かってなかったって‥もしかして起きたら目の前に知らない男が居たっていう状況だったってこと？」

「‥まあそうですね」

そう相槌を打てば、田中さんは顔をみるみる青くして、「俺不審者じゃん」と呟いた。

・