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『松村北斗
38.5度の発熱。15:30、解熱剤投与。現在は37.8度まで回復。心臓発作の恐れがあるので、│』
今でも忘れない、あの日がある。
あの時の事を思い返せば、何て自分は浅はかな人間だったのだろうと、苦虫を噛み潰したような思いになる。時を経て、約束を果たし、幼馴染みの主治医になった自分。そんな己に、酔いしれていたのかもしれない。
カルテをカタカタと打ち込みながら、ひっそりと溜め息をつく。日焼けした肌。随分と伸びた背。骨張った手、低くなった声。もうあの時の、廊下から北斗が苦しむ様子を窺っていた臆病な自分とは違う。カチリ、Enterキーの音。居場所を失ったカーソルが心細そうに点滅する。もう一度息をつき、椅子に背を預ける。目をつむった。
そう、思っていたあの日がある。
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目を疑った。
写真を、見間違えているのかと思った。何度も何度も見直した。視力が急激に衰えたのかと思い、目の悪い同僚から度のキツイ眼鏡を貸して貰った事もある。疲れているのかと思い、栄養ドリンクを何本も飲み干した。それくらい、それは信じられない事だった。
「‥‥悪化、してる‥？」
信じたくもないことだった。
松村北斗。俺の患者。最近発作の頻度が増え、薬を強くしたのにも関わらず、目に見えて病院に担ぎ込まれる回数が増えた。本人も不安だったらしい、もう一度詳しく検査してみようと言う俺の誘いに、すぐ首を縦に振った。
その、検査結果が出た。心臓の悪化についてはある程度覚悟していた。それは北斗本人も、俺自身も同様に。しかし、問題はそこじゃない。病の進行速度だ。
何故だ何故だ、と今までのデータを漁り散らかす。やっぱり、やっぱりそうだ、先月はここまで酷くはなかった。なのに、何で。
「しんたろ？」
「っ！」
上から降り注ぐ、艶やかなソプラノ。肩に優しく置かれた手に、異常なまでに反応してしまう。
「‥何だ、きょもか」
「そんなに驚かれると思わなかった」
ふふ、と上品に肩を震わせ、俺の隣のデスクに腰掛ける。京本大我。彼は俺の同期だ。白く透明感のある肌が、パソコンに照らされて青く光っている。
「‥ね、何見てたの？」
頬杖をつき、小首を傾げる彼。何となく言いづらく、そっと目をそらす。ああ‥と口ごもっていると、「松村北斗さん？」とソプラノが響いた。驚き横を見ると、至って普通の様子でマウスを操作しているきょも。何やってんの、と慌ててそれを取り返す。
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作者名：輝月姫 | 作成日時：2023年8月22日 16時
