007 ページ7
.
目が覚めると、店内は静まり返っていた。
…何時間くらい寝てたんだろ、頭痛い。
辺りを見渡してみてもミウはいないし、もちろん荷物もない。申し訳ないことしちゃったな…。
「お目覚めですか、姫。」
「ひ、姫………。」
なんだ、ここはおとぎ話の世界か？
「まだ名前を聞いていなかったから。棘咲の姫が呼んでいるのは聞いてるけど、本人が名乗る前に呼んでしまうのは失礼にあたるから。」
さすがオーナー、ちゃんとしてる。
若くして大成する人にはやっぱり理由があるんだなあ。
「えっ、と…瀬川A、です。」
私が名乗ると、菊池さんは驚いた表情を浮かべた後に目を細めながら微笑んだ。さっきのニヒルな笑みと同じだ。
「どうして、全部名乗ってくれたの？」
「だって、菊池さんがちゃんとした名前を全部名乗ってくれたから。」
"そっか、"と菊池さんが切なげに私を見た。
「Aちゃんは、あまりこの街には来ない方がいい。きっとすぐに汚されてしまうから。他の人が俺のように名乗っても、今みたいに名乗ってはいけないよ。」
優しい声だった。
だけど、少し突き放すような冷たさもあって、そのアンビバレントな耳触りに胸の奥が騒ついた。
この気持ちは、なんなんだろう。
「そういえばミウって…」
「…ああ、棘咲と帰って行ったよ。」
え！？一緒に！？
声に出さずとも私の驚きは伝わったようで、菊池さんの笑い声が静かな店内に響いた。
「そうだね、君は何も知らないだろうから驚くかもしれない。アフターって言うんだけど、営業終わりにご飯に行ったり、…まあ、デート、したり。」
そ、そんなことまでするんだ…。
ホストの世界ってやっぱりわからないことだらけだ。
「でも、あいつが応じてるところは始めて見た。棘咲も変わったってことか。」
"間違えないと、いいけど。"
最後に聞こえたその一言は、聞こえなかったことにした。
そうするべきだと、私が私に信号を出した。
.
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 36人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：りる | 作成日時：2022年6月13日 19時
