８７話 ページ41
やがてその内から姿を現したのは、あの夜共にいたロジャーの姿。アンデルセンも自分が実現させたものが解かれたからか、驚いたような顔をしている。
ロジャーが船長、と弱々しい声を発する。レイナの顔は見えないが、あの震えようは泣いているのだろう。自我を失った化物でもなんでもない、たった一人の人間が戻ってきたから。レイナが悪友と称する者から預かった男の魂が救われた。その事実だけで、レイナのしばらくの旅は報われたと。そう信じたい。
レイナはロジャーを軽く撫で、まだ解決しなきゃいけない問題が一つあると言う。相変わらず無表情のAの前に跪くと、それはゆっくりと顔を上げた。
「私の体で生きたい？」
「......どうでもいい。使命も何もない今なら、無条件であの人たちに愛してもらえる。」
「それはないと思うよ。今のあなたに、あなたの両親が愛したいと思えるほどの価値はない。向こうでも一人になるぐらいなら、あなたの魂、私にちょうだい。私の中で本物のAとして生きて。」
「............」
さあ、と手を差し伸べるレイナ。Aもどれだけ考えたのかは分からないが、差し伸べられた手に自身の手をそっと乗せる。前々から彼女と同居したい、世話をしたいと言っていた作家は不服そうだが、それを無視してレイナが指を鳴らすと、街頭により明るい火が灯る。
レイナが何かを唱え、途端に火は青く光り始めた。レイナの今の行いが正しいか、正しくないかなど、誰にも言えるはずもなく。少なくとも今のAが誰かの手を取ったのは初めてだから、と。それを黙って見守る者が多かった。
「......リリーを殺しても、あなたとロジャーが黄泉の国へ戻れない可能性。それを考えれば、あなたを空っぽのままにはできない。でも今なら後戻りできる。このまま儀式を続ける？それとも、私と一緒に生きていく？」
「私は......」
見守られるなか、Aは初めて、自分の意思で言葉を発した。
それがどういう意図なのか、どういった思考から生まれたものかは分からないが。その選択は彼女からすれば正しいものなのだろう。
「もしこのまま生きていくなら、あの男と、旅をしてみたい。」
「......僕かい！？」
「うん。ロジャー、あなたなら少女を養うぐらい、不可能ではないと思うけれど。」
８８話/旅路なんて全部無意味なのだから→←８６話/その魂に救いがありますように
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作者名：御法川 | 作成日時：2024年3月14日 20時
