６７話 ページ21
............哀は男の前に立ちはだかる。
男は何も思わない。まさに非情。誰も信用せず、目的のためなら誰であろうと殺す。それが砂漠の旧支配者である、男の人生。今の男には、己の実力を積み上げてきた砂の能力がない。ほとんど能力に頼りきっていた男に、おそらくはレイナと同じ身体能力を持つであろうそれに勝てるはずがない。
哀は男だけを睨む。徐々に距離を縮め＿＿＿＿＿＿手元になかったはずの剣を、振り上げた。同時に男は部屋を飛び出し、長い長い廊下を駆け出す。哀はそこにいた三人には目もくれず、ゆっくりとした足取りで男を追った。
無論、他三人がなにもしないわけではなかった。しかし背後からの攻撃にも関わらず、攻撃は空を裂き、確実に当たったはずの攻撃すらも何かに阻まれているようで。女はただ一点のみを睨み続ける。
駆け出した男は慣れない走りに息を切らしながらも、得意の頭脳で思考を巡らせた。三人の攻撃は通じない、自分の武器となる義手もおそらく頼りにはならない、その上であれも、哀も覇王色を持っているのなら。
勝てない。そう断定するには早く、そも彼のプライドが許さなかった。
「(知っている。覚えている。数百には及ばずとも、およそ百は越えただろう決闘のすべてを。能力を使い続けた俺に対し、お前は生身で戦い続けた。すべては互角だった。時間だけが過ぎ、小僧に邪魔されたあの瞬間に、誰も想像しなかった勝敗が訪れた。それまでの戦いを、お前の弱点を、俺は知っている。)」
走り続けた彼の前に、まるでその手に取れと言わんばかりに武器が投げ捨てられている。彼はその一つであった投擲にも使える斧を手に取り、背後より迫る女に目を合わせる。
哀。ただそれだけを示す女は、静かに彼を睨む。
「五度。繰り返す都度に、あなたたちの肉体は、精神は蝕まれる。でももし、ありえない話ですが。あなたが私を殺してみせたのなら。レイナに不要であるこれは、あの人を蘇らせる贄として救われましょう。今ここに問います。あなたが人に嘆きすら与えない冷酷な人間ならば、私を殺せますか？」
「決まっているだろう。これはいつも通りの決闘、変わったのはどちらが死ぬかって話だ。」
「......そうですか。ならば、全身全霊で私を殺しなさい。さもなければ、あなたが贄となる。」
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作者名：御法川 | 作成日時：2024年3月14日 20時
