６５話 ページ19
女が流す涙は、我が子を産むための涙ではない。その涙から感じ取れるのは、哀の一文字。
どうして私が？どうして産まなければ？どうして逃げられない？すべての苦しみが一粒の涙に詰まっている。歴戦の猛者であれば、見聞を極めし者であれば、彼女の心の奥底まで読み取ることができただろう。
「なんで、旅なんかしたんだろう。帰りたい。皆のところに帰りたい。スレットに、ヴィアに、ランに会いたい。」
割り切るべき他人ではない。過去の人ではない。知らない人ではない。彼女は、レイナだ。およそ一ヶ月も行方が分からず、突然自分達の目の前に姿を見せたその人である。出産を終えた彼女に手を伸ばそうとした三人の手元には、黙って見ていたはずの一人の手元には、まだ調達もしていないはずの剣が握られていた。
その剣は彼女の首元に。レイナは諦めきった様子で、暗い私室で一人泣いていた。
「(違う。俺がしたいのはこれじゃない。その子供は？誰との子供？そもそも女が妊娠するには、数ヵ月以上はかかるって聞いている。レイナがいない時間は一ヶ月、あまりにも短い。この矛盾は？)」
「......私は哀しみのサファイア。」
「！」
「己が選んだ道にも関わらず、旅路の果てと他者に定められ、望まぬ道を与えられた者。私の涙はあなたを殺す。死にたくなければ構えよ、砂漠の旧支配者。我が涙を覆うほどの砂があると言うのなら、証明しなさい。さもなければ、あなたが贄となる。」
女に向けた刃は徐々に朽ち落ち、女はベッドから立ち上がるとクロコダイルを睨み付ける。
次は自分か、とため息を吐くが、若干感じた違和感。それを彼らは聞き逃さなかった。冷静に、焦らずに、急いで思考を巡らせる。
さもなければ、あなたが贄となる。
贄にならないために抗う。では、あなたは？レイナはどうなる？
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作者名：御法川 | 作成日時：2024年3月14日 20時
