感情と花の毒 (ページ10)

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一年半前

僕らはビルの屋上に来ていた。

何もない。あるのは殺風景なコンクリートと、むき出しの送風機だけだ。

「ここで、母さんが死んだ。目の前で知らない男に、突き飛ばされたんだ」

那須は言う。

僕は、淡々と語る彼の横顔が、今にも泣き出しそうな表情であることを悟った。

「でも那須は、見ていなかったんだよね」

「......」

沈黙が続いた。

でも僕は、次に那須が話し始めるまで待った。

今、僕は何も言う必要がない。

ただ、真実を知る必要があるのだ。

「うん。俺はここにいなかったから。何してたかな」

しばらくしてから那須が言った。

語尾が少し震えていることも、当たり前だと言えた。

「それで、捜査が進められていくうちに、判明した」

「俺の母さんを殺したのは」

那須が深呼吸をする。

空の高いところに位置する雲を、眺めているようでもあった。

「......浮所の父さんだったんだ」

那須は今までにないくらい、引き攣った笑みを顔に貼り付けていた。

「え」

浮所は悪くない。アイツの父さんも。誰も悪くない。

悪いのは世界だ。と彼は言った。

人が人を殺してしまうような残酷なこの世がいけない、と。

それから那須は、定期的にこの場所に来ているらしい。

事件が全てを、奪った。

那須の優しい性格を半分持ち去って、人間の汚く、愚かで、強い部分を半分、植えつけた。

僕は浮所の家庭について何も知らなかったし、当時は浮所と話したことはほとんどなかった。

でもある日、僕が教室に居場所を見つけられず、どうしたらいいのか困ったときに、彼は助けてくれた。

事情は何も聞かないで、黙ってココアを入れてくれた。

そして好きなだけ保健室にいればいいよ、と笑って、すっかり冷え切った僕の手を、彼の優しくて暖かい手で包み込んでくれたのだ。

「那須は僕を恨んでるよ。だから僕たちが友達だって言うのは、内緒にしておこう」

そのときの、切なくて、儚くて、脆い笑顔を、僕はこれからもずっと忘れることはない。