左岸2 ページ37
｢A、僕はずっとAだけに跪くよ｣
おついちさんはいつも通りお酒を開けながら私に話し掛ける
｢如何して？｣
｢如何しても何も、其の儘さ｣
私達は決まってお酒を一緒に味わうのが好きだった
｢乾杯しようか｣
｢そうね。折角だから｣
グラスを軽く付け合って、軽快な音を鳴らす
儀式の様な物である
｢…美味しいね｣
噛み締める様な言い方は彼の癖で有ろう
私にとって其れが堪らなく愛しい
｢迚美味ね。何程前に作られたのかしら｣
｢Aの生まれた年のお酒さ｣
｢態々有難う。嬉しいわ｣
美味しいお酒も嬉しいけれど、何よりもおついちさんが私の生まれ年のお酒を探してくれたのが嬉しかった
｢おついちさんって本当に私の事が好きね。嫌という程分かるわ｣
｢其れは本望だね｣
感情と言葉が一致するのが是程幸せなのだと知らなかった
｢斯く言う私も、おついちさんの事を愛しているのよ｣
大分照れ臭いけれど、言わないで後悔するより言って後悔した方が良いと思って
｢Aの口から愛しているが聞けるなんて最高だな。命日でも構わない｣
如何に偉くても、優しくても人は皆何時かは永眠する
生きている以上死は避けられない
誰にでも平等に齎される永遠なる静寂が
｢先に眠るのは駄目よ。私が寂しいから｣
｢１秒だけ我慢して、直ぐにAを追うよ｣
裏社会に浸り、沢山の人の命を奪った側が言っていい事なのだろうか？
思ったとしても、今だけは許して欲しい
愛という名の許で私達を見逃して欲しい
｢Aが居ない世界なんて耐えられないさ｣
お互いに触れ合えば温かくて生きていると実感し合える
ごく当たり前の事なのに今日は其れが物凄く幸せに感じた
否、感じさせてくれた
｢…綺麗だね。本当に綺麗。綺麗すぎて寧ろ傷を付けたくなる｣
触れられた所が熱い
薄く部屋着の上から背中を指を滑らされると疚しい気持になってしまう
｢おついちさん、意地悪ね…｣
｢好きだから許してくれよ｣
悪戯も止んで、急に静かになったと思えば後ろから抱き締められた
心臓が止まりそう
｢…A、俺はAが此の先どうなってしまったとても愛しているから｣
｢有難う…私も、ずっと愛しているわ｣
｢もしもAが組織を追われる日が来たとしても絶対に守る。此処で誓うよ｣
私の心臓が今なら止まってしまっても良かったと思った
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作者名：姫乃 | 作成日時：2019年5月19日 23時
