第二十九話 追憶 ページ32
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僕と兄が疎遠になったのは、兄が小学校に入学する頃だった。
兄は本格的に呪術師として育てられ、そして僕は、
“貴方は花厳家でも心清らかに育つべき子なの。呪術師には近づいてはいけませんよ”
何百回と、母の口から聞いた言葉だった。
その言葉が、母が、家族が、あの家が。
厭わしくて仕方がない。
__ただ、一度だけ。
「あら、帰ってきたのね、良。どうかなさったの?」
「当主様がたまには実家に顔を出すといい、と。」
「そう。夕飯は一緒に取れそうですか?出立はいつ頃に?」
僕が中学生になってすぐの頃、良が家に帰ってきた。
一時的なもので、滞在期間は二日程度。
実家に顔を出すという名目ではあったけれど、恐らく任務で近くへ派遣されたのだと思う。
そして、この訪問が、良にとっては最後に母と過ごした時間だった。
そんな二日間の滞在の中で、一度だけ、良と話す機会があった。
『……、あ』
「!」
典型的なもので、廊下でばったりと鉢合わせたのである。
当時の良には、家族全員に対して愛想笑いをしている印象があった。
本家で監視と同義の育てられ方をされれば、本能的に本音を隠すことも、今思えば納得出来ることだが。
「今から、書庫に?」
『あ……、………はい』
「敬語じゃなくていい。俺は、お前の兄だ」
『……』
その言葉に、表情に、目を丸くした。
家族に対する雰囲気とは程遠いものがあった。
暖かくて、……まるで、本当に僕を思っているみたいな。
『……でも、母さんから、良、には……近づいてはいけないって』
「なら、母には話さなければいい。愛は何も“悪いこと”はしてないよ」
『……わか、……った』
久しぶりの兄との会話に、日本語がままならなくってカタコトになっていた。
だけど良はそんなことは気にもせずに、僕の頭を撫でた。
「ごめんな、愛」
『え、?』
「何も、兄らしいことしてあげられなくて。ごめん、な」
先のことを。
僕の、定められた運命を。
誰もが知っているから。
『……お兄、ちゃん』
「っ、」
小さい頃の記憶が蘇った。
兄と遊んだ記憶。
全て忘れてしまいそうなほど、ずっと昔の思い出。
『勉強があるので、もう行くね。本家でも、頑張ってください』
ぺこりと、焦ったように頭を下げてから書庫へ逃げる。
僕が最後に話した兄との記憶。
僕が最後に見た、兄の笑顔。
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作者名:リナ | 作者ホームページ:http://uranai
作成日時:2021年2月20日 21時