73【黒】 ページ29
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「………え、」
軽い目眩と一緒に目が醒めた。
私の身体は、介護されるがごとく、今まさに、持ち上げられようとしていた。
「……起きた？」
呼びかけるその声と、腕の暖かさで胸の湖が溢れそうになった。
水のように広がる安心だった。
「…………ありがと、よこやまさん……」
肩に回された手とは逆の肩に、思わず抱きついた。
涙も出なかった。
ただその体温を確かめようと必死だった。
すると私の耳に、よこやまさんが優しく囁いた。
「A、はよ出よ。
もうAは、ここに居たらあかんわ」
寝室から出て玄関に行くと、後ろに気配がして声が飛んできた。
私は振り返れなかった。
「荷物、どうするの」
「………りかさんの居ないときに、取りに来ます」
「A、スマホも持たないで行くの？」
ほんの少し前の出来事が、またフラッシュバックする。
あの悔しさ、悲しさ、やるせなさ、辛さ。
りかさんと目を合わせないように、廊下を戻り、横を通り抜けてリビングへ。
心臓が、変な音を立てて軋んだ。
私が、突拍子もない非常識野郎なら全部捨てて逃げられるのに。
仕事の連絡、保険証、判子、こんなものの為に、にやにやされながら引き出しを漁らなくちゃいけないなんて。
ここに残しておいたら、何をされるか分からない。
洋服も、と思ってやめる。
あと何日か、買えばいいや。
今はりかさんと 同じ柔軟剤の匂いのする服を着たくない。
「りかさん、明後日から映画のロケですよね」
「なんでもご存知で」
「他のものは、その時取りに来ます」
「そう」
叩きつけるように、キャリーケースに入れて蓋を閉めると平気そうな顔のりかさんと、眼が合った。
私の愛の末路、こんなもんか。
いや違う、初恋の最終ゴミ処理場。
「………さようなら」
上手く靴が履けない。
むりやりサンダルのストラップを留めて、ドアの外へ出る。
後に続いたよこやまさんが、扉を閉めた音がして、全身の力が抜けた。
涙はまた出なかった。
私は、この人の為に泣きすぎてしまった。
一人の為に流せる涙の量って、決まっているんだと思う。
それが枯れてしまった。
「……今度こそ、ほんまに一人や……」
洩れたのは弱音で、更に情けなくなった。
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ゆうみ(プロフ) - まーさんさん» 本当にありがとうございます！私もすごくお気に入りで自分でもたまに読み返します笑。最近あまり更新できなかったのでこれから少し頑張るつもりです。ぜひ読んでもらえればと思います。 (2019年10月25日 23時) (
レス) id: b00a6f057e (このIDを非表示/違反報告)
まーさん(プロフ) - はしめまして。この小説の全てが好みすぎて初めてコメントしました……！月並みな言葉しか書けませんがとにかく好きです！ってことを伝えたくて、、！ゆうみさんの小説全て好みなのでこれからも無理のない程度での更新楽しみにしてます！！ (2019年10月20日 19時) (レス) id: 880f5c4f88 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名：ゆうみ | 作成日時：2019年8月18日 9時
