ep.8 ページ9
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夜空に溶けそうな、その睫毛。
そこから覗く瞳が、さっきの僕と同じ眼をしていた。
あ、もしかしたらセーラさんはほんまに、その人が好きなんちゃうかな。
制度とかシステムとか……それを利用したと言うてるけど、あれ、本気と違うかな。
「アーセナルは自由やからな。
勝手にしてるし、女とか色々」
「……え、それって」
「そうやな、浮気やな。いっぱいされてる」
「でもそれは別に、気にせえへん感じですか」
「いや、かなしいよ」
「…あ、居なくなってしまう原因になりうるから、ですか」
「……ううん。
……いや、色々御託も並べたけど、私、やっぱりあの人のこと好きやの」
「………」
「あの人は結婚してるなんて思うてもないし、私も感じさせへんようにしてるけど、でも私は、浮気…せえへんの。
いつか、いつか気付いてほしい。
ほんま……阿呆やんな」
やっぱりな。
僕は少しつらくなって、俯いた。
その僕の俯きが、僕の心を表してるなあ、なんて呑気に感じる。
「あの人はそんな気もないし、言うたこともないけど、やっぱり特別やねんなあ。
…あの人がね、私に名前つけてくれたから」
「名前…」
「セーラって名前。皆通称で呼び合ってんねやけど、私に関してはその人で」
「そうやったんですか」
「うん。……この名前は私を捨てた親が付けた名前やから。
付けてくれたとき私、…生まれ変わったって感じてん。
もう元の私に戻らへんくてええねやって。
あの瞬間、私が私を捨てた。
親が私を捨てたみたく、私も親と私を捨てられた。
やから……やから私、その時アーセナルに一生付いていきたいって思うたの」
僕は胸が苦しくなって、それでも笑ってみせた。
そんなん運命やないか。
自分に新しい名前を付けてくれた人。
僕は期待出来へん人を好きになりかけてる。
その事実に、頭痛がした。
気温が低いせいやないな。つらいな。
僕は、あなたに名前をあげることは出来へんのか。
そのコートもその下のドレスも、声も、ああその人のモノなんやな。
せめて気付いてあげてほしいな。
僕に願えることはそれくらいで、月影を踏みながら僕はセーラさんをお店まで送った。
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作者名:ゆうみ | 作成日時:2020年8月22日 11時