ep.35 ページ36
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「やけど、」
「あたし、結婚すんねん。
ヴァイオリン教室で先生してる人。
あたしと逃げてくれた人。
その人とはまだ壊れてないし、これからも壊れてほしない」
「どうしても、駄目か」
「……アーセナル。大好き。
ほんまにずっと、アーセナルだけを」
「俺やって」
「名前、くれてありがとう。
あたし小公女にはなられへんかったけど、アーセナルと一緒に居れてよかった」
Aはその腕を広げ、俺を抱きしめた。
その瞬間、ああ、俺は許された、そう思うた。
どうして、罪が、赦された?
セーラが、セーラが死んだのに。
俺が名前を付けた、セーラという少女を俺が殺したのに、どうしてこの女のひとは俺を赦すんやろう。
俺の上に見えないステンドグラスが光を受け、燦燦と煌めく。
セーラの力が強く、バランスを崩し砂に倒れる。
それでもセーラは俺を抱きしめたままやった。
もしかして、この大地ごと抱きしめてるのかも知れない。
このままこの砂に永久に沈んで行きたい。
「地獄に、一緒に行ってくれないかなって思うてたよ」
「何処でも、行ってやるから」
抱き締め返して、天に居ったセーラを下にする。
顔なんか暗くて見えないのに、微笑んでいるのが解る。
俺が必死に何かを言おうとしてるのを牽制するように、セーラは喋り続ける。
「ずっと綺麗やったんよ、あたし。
ここに来るまで誰とも関係しなかった。
あたしはアーセナルのもので、誰にも触る権利が無かったから。
変な誇り、変な熱意。
あたし、何も大それたことは願ってなかったと思う、いやそう信じたいだけなのかもしれへん」
そこまで言うと、名前は上半身を起こし、砂にへたり込むような形で俺の胸に耳を当てた。
「行ってほしかったなあ、地獄。
そうやなかったら殺して欲しかった。
こんな醜く駄目なあたしを、この世から消滅させて欲しかった」
「帰ろう。皆の居るから。あの場所に、」
立ち上がったセーラが、いつもの優しい眼をして笑った。
「……皆はあのままで居ってね。ずっと、長い青春を生きて」
「セーラ!」
俺にはスローモーションに見えた。
伸びた髪が星空に広がり、また肩に落ち、スカートの裾が翻り、段々にぎゅっと瞑られていく瞼、強く握られた指。
次の瞬間、スローモーションは消え、セーラが遠く走り去った。
セーラが消えていく。
幻のように消えて、俺の人生から、去っていく。
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作者名:ゆうみ | 作成日時:2020年8月22日 11時