ep.29 ページ30
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「Aさん、結婚しませんか」
3日ほど前、あの人から言われた言葉。
いつか私が誰かに言ったように、私に跳ね返ってきた言葉。
「絶対守りますから、絶対。
無理にとはいいません。忘れてくれとも言えないです。
やけど、俺、真剣やから。
考えといてください」
私はそれをぼんやりと聞いた。
私の心は別に何かを強く拒否したり、逆に何か信念がある訳でもない。
やから、こんな良い人に私の手を取って懇願されたら、断る理由なんてなかった。
この人は、前の人より私を知っている。ほんまの私を。
そりゃあ昔のことなら、前の人は何でも知ってんねやろう。
でも、そういう事実とかそんなんと違くて、ただ、思考とか、どこに黒子があるかとか、そういうことをよく知っている人。
「ねえ、」
「なに？」
「今日、国道んとこのファミレス行かへん？」
「ええ、どないしたんですか、珍しい」
「今日仕事夜ないやろ。お教室までパート終わったら迎え行くから」
「ええ、嬉し」
朝、夕飯を外で食べる約束をして、先に出掛ける。
パート先のドラッグストアに着き、バックヤードでエプロンを着ける。
今日は機嫌がいいの？ニコニコしてるよ、と先輩のパートさんに笑われた。
仕事を終えて、お教室のある駅前へ向かう。
駅前と言っても一切発展していない閑散とした場所やけど、唯一学習塾と音楽教室の入ったビルが夕方の空気を、ぬるく区切っていた。
「待った？」
「ちょっと」
「ごめん。じゃあ行こ」
冬の夕日が、どんどん水平線に吸い込まれるように落ちていく。
「手、繋いでいい」
「Aさん…」
「………あのさ、」
「……はい」
繋がれた右手を何度も見てから、ぐっとその目を私に向けるこの人が、好きだ。
ようやく、思える。
よかった。
私はこの日を待ちわびていた。
「何かさ……」
「はい、」
「子供とか、生んでみようかな」
「………」
「寒いね」
「……寒いですね」
「何食べる、今日」
「Aさんは？」
「パフェ」
「最高ですね」
「あとね、ハンバーグかな」
「俺も食べたい」
「ええな」
「……明日、町役場で紙貰ってきます」
「ええな」
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作者名：ゆうみ | 作成日時：2020年8月22日 11時
