君よ、名を捨てることなかれ【8UPPERS】 (ページ26)

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ep.25 ページ26

Arsenal Side

そしてセーラは居なくなった。

あの夜から丁度二週間後のこと、俺が朝起きると、既に皆が騒いでいた。
部屋には殆どの荷物が残されていた。
俺らの見る限り、少しの貴重品が無くなっているくらいで、レストラン用の様々なドレスやウィッグ、仕事用のスーツまでしっかり残っていた。

そして俺らが一番セーラの喪失を理解したのは、共有スペースのテーブルの上に、既に署名と捺印のされた離婚届が置いてあって、尚且、誰も連絡が取れへんかったからやった。

連絡が取れへんのは当たり前やった。携帯電話もその届の隣にあったから。

離婚届に記された名前が悲しかった。

秋本A。

秋に捨てられていたから、と施設長が秋本と付けたその苗字と、憎い親が付けた名前。
セーラはこの瞬間から、ここに名前を書いたことで、もう一つの名前を捨てた。
セーラという、このコミューンでしか通じない、俺の付けた名前を、捨てた。

セーラという名前は有名な本から取った。
養護施設に少公女セーラを置くなんて無神経やと思うけど。
でも俺はこの子を、何処かのお姫様のように気高いと思うていた。
やから俺はこの子にセーラという名前を付けた。

そのセーラという名前を捨てることは、棄児である過去を捨てることや。
その過去に、俺らも含まれている。

俺は、俺は何処から間違えた？
何処からやったら修正出来た？

セーラは何処にも居ない。

俺が捨てさせた名前を拾い、今日も生きているんやろうか。

もう、家族ではないその人は、あの親たちにそう思うように、俺を憎んでいるんやろうか。

一つ分かることは、俺が、きっと俺の臆病を大切にし過ぎてしまったことだけや。

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