ep.10 ページ11
Johnny Side
昼の光が、俯いたセーラの上に注ぐ。
俺は、どうしても声を掛けられへんかった。
掛けるという選択肢がなかった。
……俺は、聞いとこうと思うていたことがあって、セーラの部屋を開けた。
セーラはそこに居らへんくて廊下を見渡した。
居ないはずの、アーセナルの部屋のドアが少し開いていた。
一瞬、胸に鈍い光線が走る。
手が震えるのを抑えて扉に近づいて中を覗く。
そこにはやっぱり、セーラが居った。
セーラは窓からの光の中で、悲痛な顔でベッドを見つめていた。
俺からは横顔しか見えない。
でもその眉は歪んで、目線はただそこに集中していた。
立ち尽くしている、と言うて良かった。
俺は知っていた。
セーラが、ほんまにアーセナルを好きなことを。
結婚には色々理由を付けてサインしたけど、その話を出したのも全部、やるせない好意からきていることも。
多分俺だけが気づいている。俺もそういうのを知ってるから。
叶わない、相手にされない恋愛。
セーラが俺より恵まれてたのは、アーセナルが男で自分が女やったところ。
セーラは最初っから達観してたんやと思う。
やから『家族になりたい』っていう、俺たちが出されたら受け入れるしかない伝家の宝刀を振りかざして、まんまと妻になった。
でも別にそれでアーセナルの心が手に入る訳やなかった。
当たり前や、それは分かってたはずやのに。
きっとセーラは間違えた。
自分が傷つかない方を選んでしまったばっかりに、『恋愛』になるタイミングを逃してしまった。
まあ、俺とセーラは似ている。
人を好きになることだけは要領よくなくて、特に話し合ったこともないけど、互いの下手くそな恋をよく知っていた。
「妻」の自分が辿り着けない「領域」の象徴を睨み、立ち尽くすセーラは、その悲しみに反して美しかった。
上からの光を受けて、白い煌めきの中に存在する姿はヨーロッパの教会を思わせた。
俺は神様なんか信じてへん。
でもセーラは神さまみたい。
いろんな意味で聖母やからかな。
マリアみたく、悲しみを背負うほど、人は美しく届きがたくなるのかもしれないなとも思う。
俺は自分を見ているようで、堪らなく悲しくなってその場を離れた。
セーラはきれい。
でも俺はなんだかみっともなくって、別に俺と俺の恋愛の間には縛るものなんかなくって、やっぱり…セーラとは違う。
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作者名：ゆうみ | 作成日時：2020年8月22日 11時
