【文スト】境界の栞 Ⅳ【太宰治】 (ページ45)

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173葉ページ45

「待たせたね、どうしたんだい？」

「毒を盛られたそうで……瓦斯を吸っている様子はなかったのですが」

「A、聞こえるかい？」

『何、とか』

「何が原因かは解るかい？」

『多分……取引の時飲んだ、ワインかと』

「……気づけなかったのも無理はないね。恐らく最近流行している新型のものだよ。点滴しておくから暫く───毒が抜けるまでは安静にね」

小さく頷いたAに鴎外は手早く処置を行った後、芥川の方を向いた。

「強い毒だ、山場を越えられるかは未だ判らない。容態が急変することがあればまた連絡しなさい」

「判りました」

扉が閉まり静寂が部屋を支配し、ぎゅっと目を瞑るAが荒い息をする音だけが暗い部屋に響いている。

「Aさん……」

山場を越えられるかは判らない。
それは即ち、このまま死ぬ可能性すらあるということだった。
そんな事絶対にあってはならない。だがこの状況に打つ手がある訳では無い。芥川にはただ傍にいることしか出来なかった。手袋を嵌めたままだった手を握る。

『……助、けて……厭だ……』

「大丈夫です。……僕が、傍に」

掠れた声でそう云う彼女の目から零れた涙を拭う。判っていても、胸の奥を抉られる様な感覚を覚えた。

『───お、さむ……』

これが正しいのか否か迷った。ずっと助けを求めるのを堪えて此方側に居続けたのだ、若しかしたら彼女は厭がるかもしれない。それでも───こうするしかない気がした。
携帯を取り出して今はもう存在するかも判らない番号に掛けると、相手は僅か数コールで出た。

｛何？｝

息を吸って、掠れた声で口にする。

「今から云う場所にすぐ来て頂けませんか───太宰さん」

《太宰side》
「……用件は」

我ながら阿呆な返答だ。彼からの着信があった時点で気がついていたというのに。

｛……貴方の今最も知りたい情報を知っています。その代わり、助けて頂きたい。出来るだけ早く｝

「───判った」

生意気、という言葉は飲み込む。
今情報を握り、かつ伝えようとしている人間は芥川君のみだ。この好機を逃すのは余りにも痛い事だった。
住所を訊き、今度は此方から問い返す。

「それで、助けて欲しいことって何？」

｛来て頂ければ直ぐ判ります。此処で、話すのは……｝

「……兎に角直ぐ行くから。余計な事しないでね」

最後にそう吐き捨てて、通話を終了する。早る気持ちを押さえつけ、私は歩き出した。