【文スト】境界の栞 Ⅱ【太宰治】 (ページ10)

今日:14 hit、昨日:9 hit、合計:57,984 hit

58葉ページ10

「私の友人に、孤児を個人的に扶養している男がいてね。芥川君。貧民街で餓死寸前だった君を拾ったのが織田作だったら、きっと君を見捨てず、辛抱強く教え導いただろう」

───だが、拾われる相手が悪かった。
カチリと撃鉄の起こる冷たい音が、静かになった収監房に響く。

「それが正しさだ。けど、私は“正しさ”のほうから嫌われた男だ。そう云う男はね、使えない部下をこうするんだ」

パンパンと幾分か軽い銃声……寧ろクラッカーと云う方が正しい間抜けた音が鳴った。
その弾───BB弾(・・・)は、芥川君の額寸前で阻まれている。空間断絶だ。

「……何度も教えたろう。哀れな捕虜を切り裂くだけが君の力の凡てじゃあない。そうやって防御にも使う事が出来る筈だって」

弾についてスルーする事にしたらしい治は、そう続ける。私は一斉に黒服達から向けられた視線を目を逸らし躱した。

「これ迄……この防御に成功した事は無かった」

「でもこうして成功した。目出度いねえ」

「ッ……！！」

そんな彼の嘲りに芥川君の眉間が強張り、漏れ出た殺気が膨れ上がる。それに気がついていない筈はないが、治は動じることなく告げた。

「───次しくじったら、二回殴って五発撃つ。いいな」

『……ほら、動くよ。死体を調べれば何かしら出るかもしれない』

「えっと……何をお調べしましょう？」

「全部だよ！決まってるだろう？」

呆れたような口ぶりの治に困惑する黒服達。困惑しない筈がなかった。呆れながら解説を入れる。

『服の食べかす、手の汚れ、靴の裏の木の葉───そこから拠点か足取りくらいなら特定できる。
マフィアの仕事は敵を嬲り殺すだけじゃない。このままの調子だと織田作の方がまだ早く真相に辿り着くよ』

「織田作之助……その男なら私も知っています。
お言葉ですがAさん……あの男が先日、事務所の裏手の掃き掃除をしているのを見ました。
とてもAさんや太宰さんの御友人として釣り合う身分の人間とは思えません。今回の敵と渡り合えるような人物とも」

「本気かい君？私やAと織田作が釣り合わないって？」

「はい……」

おずおずとそう発言した新人黒服君に、私は少し笑ってから答えた。

『本当の友達に、身分や実力、立場なんて関係ないよ。私は織田作と飲むのが楽しいから友達でいる訳だし』