【文スト】境界の栞 Ⅱ【太宰治】 (ページ23)

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71葉ページ23

「……また来たよ」

病室を訪れた太宰はそう独り呟いて、手にしていた桃色の花を置く。傍に座り握った彼女の手はまるで陶器でできた洋人形かの様に冷たかった。
手を握る度、今にもその呼吸が止まってしまうのではないのかと如何しようもなく不安に駆られる。

「早く帰って来てよ、A……また仕事が溜まり始めてる」

返答はない。太宰は泣き出す寸前かの様な表情で静かに微笑んで、立ち上がった。

「……御免。仕事あるから行くね」

「太宰君。来ていたのかね」

「…………首領……何故此処に？」

「勿論Aのお見舞いに」

「そうですか」

いつの間にか入って来ていた鴎外へそう淡白に返しすれ違う。

「何をそこまで怒っているのだね？」

「何も。……嗚呼そうだ、森さん」

扉の把手に手を掛け振り返った太宰は、訊いた。

「───構成員一人を代償に許可証を手に入れた気分は如何ですか？」

「！」

「では失礼します」

去って行った太宰に、鴎外は一つ溜息をつく。Aの傍に居たエリスが云った。

「だから云ったじゃない。ダザイは解ってるって」

「……そうだね」

ｰｰｰ
何処かも判らない闇の中でぼんやりと揺蕩っていた。何故か躯は痛くない。あの後、事件は如何なったんだろう───。私は死んだの？耳鳴りかの様に銃声が耳にこびりついていた。

『……皆無事だといいな』

私は別にどっちでもいいんだ、生きてても死んでても……どうせ私が居なくても、世界はちゃんと回っていく。
治は多分悲しんでくれると思うけど、きっと立ち直って前を向くのだろう。
その時、聞きなれない声がした。振り返れば、白いぼんやりとした人影が立っていた。

───何もしないまま諦めるのか

『誰……もういいよ』

───君には未だやってもらうべきことがある。此処で死んでもらっては困るね

『知らないよそんなの。もう……疲れた』

───じゃあ、君を呼ぶ声にも応えないのか？

『───呼ぶ声？』

呼んでいるのは、きっと……心無しか、手に温もりが宿った気がした。

───行け。仲間が待っているぞ

『ッ！』

白い光が。腕で顔を庇って防ごうとしても透ける光に包まれて浮遊するような感覚と共に意識が遠ざかっていった。