3 咲う(Red) ページ12
「え!?辞められたんですか?」
そうなんです、と目の前の大きな鏡に映る美容師さんが申し訳なさそうな顔をする。どうして、と聞きたくなったけど、なんとなく複雑そうなその表情を見て、俺は言葉を飲み込んだ。
窓から一番遠いこの席で、おなじみの美容師さんに髪を切ってもらう。
それが、大きな仕事を終えた後のいつものルーティーンみたいなものだった。いつもお世話になっていた美容師さんは、とにかく髪に無頓着な俺にあきれつつも、いつも穏やかに話を聞きながらカットをしてくれる人だった。
今回もダンサー仲間たちと大きな公演を成功させて、いつも通りここで髪を切ってリフレッシュしようと思っていたのに。
今日初めてカットしてもらった美容師さんは、手際もよかったし俺の希望通りにもしてくれた。でも、やっぱりどこかしっくりこない。
「なんだかなぁ」と思いながら店を出れば、もっと「なんだかなぁ」な出来事が俺を待っていた。
「…雨、」
ここに来る前は、降っていなかったのに。すっかり日も落ちて暗くなっているせいでよくわからなかったけど、手を差し出せばすぐにびしょ濡れになるくらい雨足は強かった。
「…よければこちらの傘、お使いください。」
「え、いいんですか?」
「はい。お客様の担当をしていた者が置いていった傘なんですが…。多分、もう取りには来ないと思うので。」
「……そう、ですか。」
どう反応したらいいのかもわからないから、俺はそれ以上深く突っ込まずに傘を受け取って美容室を出た。
バシャバシャと、車が水しぶきを上げる音を聞きながら早足で家までの道を歩く。この音は、正直苦手だ。
耳をふさぎたくなるのをこらえつつ歩き続けていると、前の方に人だかりができているのが見えた。
野次馬になりたいわけではないけれど、帰り道だから素通りすることもできない。歩くスピードを緩めつつ前に進むと、人だかりの中からささやくような声が聞こえた。
『事故だ』
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おさと(プロフ) - 6chanさん» 6chan様、コメントありがとうございます!短編のシリーズからお読みいただいていたとのこと、とても嬉しいです😭引き続き、こちらの作品にもお付き合いいただけますと幸いです! (2023年3月9日 22時) (レス) id: de6645fa3a (このIDを非表示/違反報告)
6chan(プロフ) - 短編の時から好きなお話でした。が、まさか、更に障害系要素が増えて、更にこれからが楽しみです! (2023年3月9日 0時) (レス) id: f726c31193 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:おさと | 作成日時:2023年3月4日 19時