第299話 [楸] ページ21
❁⃘*.゚
____それは、あまりにも唐突なことで。
だけど、涙がこぼれることは無かった。
俺はあやめを愛してはいなかったのだろうか。
彼よりも優先するべきものが、あったのだろうか。
彼がビルから落ちて昏睡状態に至ったあのときも、見舞いに来ることはあれど、涙は一滴も流れなかった。
病院のベッドで動くことの無い彼と、その手を握り泣きじゃくる母。
それらを瞳に映し、ピクリとも動かない表情に戸惑っていた。
「あや、め………、っどうして……!」
そう、なるべきなのだ。
___せめて、これからは。
何もしてやれなかった分、あやめの力になろうと、思っていたのに。
「(俺は、出来損ないだ)」
「(ごめんな、あやめ。何もしてやれなくて)」
ただ、胸が痛むだけ。
ぐっと押さえつけて、病室を出る。
「………楸くん」
「肆葉さん」
「大切な話が。……あります」
❁⃘*.゚
すとん、と。
腑に落ちた、とはまさにこの事で。
僅かに感じた違和感とズレは、おそらくこれらの事象が原因だったのだろう。
「そうか。……あいつは、…………そっか」
やはり、涙は出なかった。
母の涙と、冷たくなった弟の姿。
重いものが巻きついていた、さっきまでの心。
それらとは裏腹に___見上げた空は快晴で、肆葉さんからあやめの事情を聞いた俺の心は、澄んでいた。
「変わったことは、母も俺も気づいてました。何となく、違う“アヤメ”だってことも。」
「俺は、あやめの中にある人格なんて見もしないで、力になってやりたいなんて思ってた」
「……今は、違うんですか?」
穏やかに、優しい笑みを浮かべた彼女の言葉に___頷いた。
「あやめも、菖蒲も。自分自身の選択をちゃんと選べたんですよね」
「……それ、は………。」
「ううん、分かるんです。」
「あやめは、意地っ張りだけど芯があって。これと決めたことには後悔しないし、進み続ける。」
「……っ、」
「菖蒲は、すぐ茶化すし心も折れがちだけど。誰よりも優しくて、人想いで。」
彼女は泣いていた。
必死に声を漏らさないように。
俺は、笑う。
「貴方に聞いた、向こうの世界の菖蒲の友達の話。聞けば聞くほど思います。あいつは、友達に助けられて前に進める子です」
「あいつは、あやめの分も、他の何かの分も」
桜吹雪が、____吹く。
「幸せに、なりますよ」
ぽつり。
一滴の、雨が降る。
❁⃘*.゚
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リナ(プロフ) - ゆぅあ(o・ω・o)さん» 一気読みありがとうございます〜!!完結間近ですが最後までよろしくお願いします!頑張ります……! (2020年11月28日 15時) (レス) id: cb61b31578 (このIDを非表示/違反報告)
ゆぅあ(o・ω・o)(プロフ) - 昨日このシリーズの小説を見つけたのですが、はちゃめちゃに面白くて今日読破しました!これからも頑張ってください!!! (2020年11月28日 10時) (レス) id: f45915f976 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:リナ | 作者ホームページ:http://uranai
作成日時:2020年8月29日 14時