午後三時半のレクイエム。【不死川実弥】

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「何でAは」




　そこから先の言葉が、実弥から紡がれる事はなかった。でも私にはわかった。彼が何を言おうとしたのか、何故それを聞こうとしたのかも。私には手に取るようにわかった。
　狡い人だ。私が、実弥から離れられないことを知っていて、更に私に言わせようと、認めさせようとするのだ。
　狡い、憎い、忌々しいとぽんぽんと止まらない負の感情もそうだが、同時に、自分でも受け止め切れないほどの愛おしさが私を襲う。
　狂気とも喩えられる程、深い深い慕情。私には貴方が全てだから、それでもいいから、これで側にいれるなら。



　─────貴方の力になれるのなら




「……私がしたいことをしてるだけだよ」




　少しだけ、ほんの少し。実弥の腕一本が辛うじて通るぐらいだけ襖が開いた。
　すらっと、でも、引き締まり蜘蛛の巣のような傷が残る実弥の腕と掌が伸びていた。私を誘っているようなその指先は、絡めてしまえば今度こそ、いやもう死んでいるけれど、私の心は幾度の目の死を向かえるのだろう。
　けれど私は、もう自分でも抑え切れない程、貴方を欲していた。だから、伸びてきた手に、私も手を伸ばした。
　彼の手に自分の手を重ねると、一瞬、たじろいだ彼だったが、すぐに私の手を握り返した。でも私は握り返せなかった。
　まだ少しだけ、それでいいのかって反抗し異議を唱える自分もいた。でも、実弥が指を絡めて更に強く力を込めたことで、そんな自分はいとも簡単に消え去った。
　私も、実弥と同じ様に、指を絡めて力を込めた。そうすれば、実弥はもっと握り直し絡め直し、指の骨が折れてしまうのではないかと思う程の力を込めた。
　私たちは、何度も何度も、それを繰り返した。夜が明けるまで。太陽がまた私たちに顔を出すまで。何度も、何度でも。
　その間、私は握り直す度に流れようとする涙を必死に堪え続けた。
　涙が溢れてしまえば恐らく、駄目だとわかっていても私はこの襖を開けて、貴方の胸に飛び込んでしまうと思ったから。
　おぼめき、けれど清々しい朝の陽光。障子越しに差し込む渺々たるそれが、私には、暖かくもなんとも感じられなかった。
　荒み、廃れ、痛みも感じない胸にはもう、陽光なんて効きやしない。幾度も死を向かえたこの恋心には、陽光なんてものよりも、もう眠れ、起きるな、と鎮魂の意を込めた夜の歌の方がいい。

　────手を握り返した数の分だけ、深い眠りに落ちたいんだ。

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