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私はその日、任務前に食事処にふらっと立ち寄った。好物の親子丼を食べていればAと声がして振り向けば、煉獄杏寿郎が立っていて私の隣に座った。
彼女と同じものを五杯頼む、と彼らしい声を出した。出されたお茶を啜りながら久しぶりだ、と彼は笑った。
「もう怪我は完治したんだね。よかった」
「ああ、この通りだ。心配をかけたな」
「ううん、無事ならそれで。炎柱就任、おめでとう煉獄くん」
「A。ありがとう」
溌剌とした口調で煉獄くんは笑った。煉獄くんは数ヶ月前、帝都付近に出没していた下弦の弍の討伐に成功した。満身創痍で寝台で眠る彼を見た時は、呼吸が止まるのではないかと思った。そんなことも知る由もない彼は、運ばれてきた親子丼をうまい、うまいと頬張っていた。
煉獄くんとは以前、共に任務に邁進し真っ直ぐな人柄と明朗快活な笑顔に同志として惚れた。年も近く階級も同じだった故、打ち解けるのにそう時間はかからなかった。
「Aと不死川は顔馴染みか?」
不意に、煉獄くんは食べるのをやめて私に訊いた。その目には特にこれといった曇りもないように感じられた。どうしてそんなことを訊くのか、と言えば、先日煉獄くんの柱就任の祝杯を上げた際、酷く泥酔した実弥が私の名前を口にした、と。
私は無意識のうちに懐にある風車を取り出していた。空色の和紙は陽に焼けて、澄み切っていた色が濁るように変色していた。当然、回らなかった。「風車か」と煉獄くんは覗き込んだ。
身体の奥底から湧き上がってくるものに目を瞑り、「前に一緒に鍛錬していただけ。今は何もないよ」と言った。その名に相応しい熖色の眸は静かに私を捉えた。
「不死川は煮え滾るほど熱い心を持っている。不死川の存在が、その闘志が、
実弥に対して瞠目する煉獄くんを横目に、やはり私は間違っていなかったと安堵した。
あの時、抱いてしまった恋心を捨てて正解だったのだ。鬼殺隊の最高位である柱に君臨する彼は、その手で多くの命とたった一人生き残った弟を守るため、その命を賭している。
─────これでいい、これで。私は間違ってなどいない。
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蓮(プロフ) - 環さん» 環さん、コメントそして労い言葉有難う御座います!本作は私自身悩みに悩み一度は本気で削除しようと思ったお話なので、お褒めの言葉がとても沁みます(;_;)風車は重要な言葉の一つでしたので環さんの考えを聞けて私は嬉しいです!最後まで本当に有難う御座いました! (2021年6月12日 10時) (レス) id: 1ceb99e799 (このIDを非表示/違反報告)
環(プロフ) - 蓮さん完結おつかれさまです、ありがとうございます。すごくすごく美しいお話でした。コメントさせてもらうのも恐縮でしたが、この感動をお伝えしたいなと思いまして。最後に風車が回ったのも夢主が前に進めた、時がやっと進んだのかなと思いました。素敵なお話でした! (2021年6月11日 18時) (レス) id: 940f9d3174 (このIDを非表示/違反報告)
蓮(プロフ) - 猫巻さん» 猫巻さん初めましてコメントそしてお祝いのお言葉も有難う御座います!苦しい鬼殺の世界でも希望を忘れずに自分らしく生きようとする夢主で御座いました!理解し難いお話でしたがそう言って頂けたこと最後まで猫巻さんに読んで頂きこちらこそ本当に有難う御座いました! (2021年6月11日 16時) (レス) id: 1ceb99e799 (このIDを非表示/違反報告)
蓮(プロフ) - りりさん» りりちゃんコメントありがとう!雰囲気や軸がブレないようにいつもより慎重に言葉選びしたから本当に書いた甲斐がありました…そしてりりちゃんの考え方が本当にその通りすぎて素敵です。りりちゃんの考えを知れてよかったです!最後まで読んでくれて本当にありがとう! (2021年6月11日 16時) (レス) id: 1ceb99e799 (このIDを非表示/違反報告)
蓮(プロフ) - 唯梨さん» みいちゃん、コメントありがとう!好き嫌いが両極端な話だけど読んでくれてありがとう!それぞれの意味はみいちゃんの好きなように受け取ってね、否定的でも何でも私は構いません!みいちゃんの考え方を尊重します!こちらこそ最後まで読んでくれて本当にありがとう! (2021年6月11日 15時) (レス) id: 1ceb99e799 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:蓮 | 作成日時:2021年5月8日 20時