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初めて彼女を見た日のことを、今でもよく覚えてる。
ルーキーズでMMCという番組に出演することになって、以前よりも忙しい練習生時代を過ごしていた俺。
デビューが確約されたんじゃないかと嬉しく思っていた反面、学校や私生活にまで着いてこようとするファンの人が出来たりもして、慣れない日々を送り始めた。
周りから期待される分、それに応えようと逸る心に身体が追い付いてくれなくて悩むことも多くなった。
『ちょっと頭冷やしてくる』
朝から鏡の前で踊り続ける仲間に、言い捨てるようにそう呟いて練習室から出ると さっきいた場所とは違ってやけにひんやりとしたその空気に鼻の奥がツンと痛む。
…あーあ、俺、これでもアイドルになれるのかな。
今誰かに優しくされたとして、その痛みを上手くコントロール出来なくなってしまいそうで怖かった。今まで努力で築いてきたものが崩れてしまいそうだった。
人を避けるようにして行き着いた、静まり返った廊下に俺の足音だけが響く。
奥へ奥へと、止まることなく足を進めていくと耳に入ってきたのは 綺麗なソプラノの歌声。まるで風前の灯のような、繊細で朧げで優しいもの。
その声は歩みを進めるごとに鮮明になっていって、枯れていた俺の心に徐々に雨を降らしていくように俺の中へ染み込んでいく。
この業界に入れば歌の上手い人なんてごまんといる。それでも、その中でも、たった少しのフレーズだけで心が奪われるなんてことは初めてだった。
少しでも早く、その正体が知りたい。
さっきよりも早まった足取りで、それを確認しようと角を覗けば、その声にピッタリ合う まるで天使みたいな子がそこにはいた。
有線のイヤフォンをつけて、白熱灯に照らされて光の輪が作られた黒い髪を耳にかける。大きめの練習着から覗く色白で細い手を動かしてペンを進めていく。
しばらくして口が開いて 遠くの方で聴こえていたその歌声が落とされるその瞬間に、雷に打たれたように何も考えられなくなった。
それから何度も、その一連の作業を繰り返す彼女。そのあまりの衝撃に、俺は夢中になることしかできなかった。
その日から、始まった。
彼女がよくあのソファに来ていることを知ってから、ある日は飲み物を買うフリをして、またある日は別室に忘れ物をした設定にして、レッスン終わりの彼女の様子を見にいくことが俺の日課になったのは。
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作者名：めろんぱん | 作成日時：2023年3月13日 17時
