・ ページ11
.
「なんでアイツばっかり優遇されてんだろうな」
「さぁ 顔がいいからじゃないの？」
「んなのズルイいだろ〜」
そう気だる気に、ペットボトル片手に愚痴を溢しながら俺の横を通り過ぎる声が耳に入ってくる。
俺はその会話の「アイツ」が誰なのかなんてもう分かってる。きっと「アイツ」と同じレッスンを取っていた練習生なんだろう。
馬鹿だな、お前たち。
そんなんだからデビューできないんだよ。というか、顔だけで月末評価が1位になれるような世界じゃないことなんて 自分自身が1番分かってることだろ？ 少なからずその子は、日々血が滲むほどの努力をしてそこに立ってんだよ。
思わずカッと頭に血が昇ってくるのを鎮めようとすると、自然と手に力が入る。捨てようと手に持っていたカップがぐしゃりと潰れる音が聞こえた。
あの角を曲がると… ほら、いた。
なぜこんな場所に設置したのか分からない、人通りがほとんどないこの廊下に置かれた2人掛けのソファ。
その背もたれに身体を預けて、きっと今日習ったんであろう振り付けを思い出すように、軽く腕を動かすその子。
納得がいかないのか頭を傾げて、膝下に広げられた紙にペンを滑らせていく。
一生懸命なその姿が愛おしくて、さっきまで抱えていたモヤモヤとした気持ちが溶けていくような気がした。
『A』
そう俺が呼んだって、イヤフォンをして曲に夢中になっている彼女は気付かない。ゆっくりと近付いて、軽く肩を叩けば 驚いたようにピクリと身体を震わせて 丸くなった黒い瞳に俺が映った。
「っ、なんだ ジェノくんか… ビックリした」
『あは、脅かしてごめん』
「呼んでくれたら良かったのに」
『俺は呼んだよ？でもAが気付いてくれなかった』
彼女の耳から外れて 身体に垂れたイヤフォンを指差せば「確かに じゃあ私のせいだね」だなんて照れたように笑う。
あぁ、イジェノ、どうしようか。今まで意識しないように、自分を騙すように言い聞かせていたはずなのに。さっきヘチャニが言った“好きな子”という言葉が俺の頭から離れてくれない。
芽生えそうになる想いを押し殺すように、無理やり言葉を重ねた俺の姿も、きっと君は気付いていないんだろうけど。
「そう言えば、ジェノくんのステージ見たよ」
『え、ほんと？』
「私こんなスゴい人と友達で良いのかな、なんて思っちゃった」
嬉しそうにそう言うけど、それは俺の台詞なんだよ。
.
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 882人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：めろんぱん | 作成日時：2023年3月13日 17時
