30回表 ページ11
繰り上がりで正捕手になった一也には背番号2が与えられた
それでも部員全員の顔は暗く、前ほどの活気はない
それでも夏はすぐそこまで迫ってきている
合宿だってもうあと一週間だ
気持ちを切り替えなければ、本当に夏が終わってしまう
部員の練習を見ながら日が落ちると帰宅までの間に各校の情報を分析する
秋大までのデータしか今はないが、それでも出来るだけの事をしなければ
専用部屋に籠ることが増えた私は一也との会話はかなり減っていた
一也は優くんを心底尊敬していた、正捕手争いを自分の力で勝ち取りたかったのだ
そんな優くんがこうなってしまって、彼は彼で落ち込んでいるしプレッシャーも感じているかもしれない
「こういう時に声を、掛けなくちゃいけないんだけど…」
どうしたものか、考えていると部屋の扉がコンコン、と鳴った
「あいてまーす」
この部屋に尋ねてくるのは大体監督か高島先生、あとはたまにマネージャー達だ
この時間だし高島先生辺りだろうか、と思っていると開いた扉からヒョコっと顔を覗かせたのは私の半身だった
「…A、今大丈夫？」
「一也じゃん珍しい、入っていーよー」
そう言いながらもう一つ椅子を用意してやる
玄関で靴を脱いで素直にそこに座った一也はキョロキョロと周りを見渡して「この部屋ってこんな感じだったんだな」と言った
「昔は教員が泊まったりしてたらしいから布団もあるし、合宿の時は私もここに泊まれるんだよね」
「家ちけぇのに？」
「たった数十分でも無駄には出来ないでしょうが」
「…そう言うよな、お前は」
やはりいつもより沈んだ声色にキーボードを打っていた手を止める
ちゃんと顔を見るように向き直ると少し疲れた表情をしていた
そんな一也を見て私はポロリと本音を口に出した
「…一也は、隠し事しないでね」
「…え」
「別に直接隠されてた訳じゃないけど、監督たちより近い距離に居たから、少しだけでも相談して欲しかった」
「…うん、そうだな」
「なにか対策出来たかもしれないし、テーピングとか何か色々出来ることがあったんじゃないかって…今更言っても遅いけど」
ああ、せっかく一也が自ら足を運んでくれたのに私がこうでどうする
いつもの強気な自分はどうした、と思いながらも徐々にその顔は俯いていく
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作者名：とらお | 作成日時：2022年9月14日 23時
