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だけどサ、
新年を迎えるからって俺たちはなんの用意もしてないぞ
俺にとって正月なんてちょっと長めの休暇って感覚だ
何かの本で読んだけど、歳神様とやらは
門松やしめ縄を目印に来るらしいよ
だけど
ここにはそんなもんなんもねぇぞ
いくら玄関を掃き清めたからって
「そんなんで歳神様は本当に来てくれるのか?」って
もし、俺が言ったら
ひかるは一体どんな顔をするのだろうか
「そっかー」って笑いながら
泣きそうな顔になるのかな
そんなこと言わないけど…、絶対
今夜はなぜかしら
つまんないことをぐるぐると考えてしまう
そんな自分にあきれて玄関に目をやると
開け放ったドアの向こうに
ちらちらと白いものが見えた
雪が降ってきたようだ
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ひかるはとうに気付いていたらしく
空を見上げて音もなく降る雪をじっと見つめていた
そんなひかるの後ろ姿を見ていたら、
頭の中のどこかに仕舞い込んでいた
記憶の小箱が不意に開いた
あぁ、そうだ、あの夜もそうだった
粉雪が舞う寒い夜だった
あの日、思いがけず降り出した雪を
うれしそうに見上げたひかるの横顔が
たまらなく可愛く見えて
なによりも大切なものに思えて
俺はあのとき言ったんだ
「…ひかる、一緒に、暮らそう…」って
すると、ひかるは返事の代わりに
俺の手をギューっと握りしめてくれた
ギューっと…
あの日の、あの瞬間の情景が
記憶の小箱からあざやかにあふれ出す
つんと冷えた空気
ひかるの髪に乗ったサラサラな雪
ひかるの手の温もり
俺の胸にほとばしった熱い熱い感情
*
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作者名:べす | 作成日時:2022年7月12日 20時