口をついてでる欲 ページ42
「“あのとき”もそうだったでしょ?……もう…懲りないんだから…。」
「あぁ、あの宿屋でのことか?」
紫苑は、桶に顔を突っ込み、顔を上げずに話をする。どうやらつい最近にも同じような事があったようだ。懐かしそうに目を細めるAの横顔。でも、その“あの時”を私は知らない。
私は横目で二人の光景をただただ見つめていた。
もしAが旅に出ることがなかったら、あの背中をさすっている相手は紫苑ではなく、私で、私が彼女の隣に居て、笑っていて…。
そんな戯言が沸々と心に沸き上がってくる。
何でそんなことを考えているのかすら分からなくて、その場に居ることしか出来なかった。
しばらくして、青い顔を上げた紫苑は、兄役達に両脇を抱えられて部屋へと運ばれていった。その間にももう宴は殆ど終わり、片付けに入っている者もいた。
「A、大変だったね。」
「うん。…でも、いつものことだよ。」
皮肉を込めながら笑うA。
「少し、話をしたい。…いいか?」
まだ一緒に居たい。という己にも分からぬ傲慢な気持ちに駆られ、私はぽつりと言ってしまった。
彼女の方をチラリと見ると少し驚いたような顔をしていたが、微笑んでコクリと頷いてくれた。
話をするといっても座ってのんびりという訳でもなく、互いに疲れていたため自室に戻りながらということになった。私は、Aと肩を並べて歩き始めた。
「今日は、ありがとうね。」
私は、ハクにぽつりと言った。沢山の人に囲まれてこうして歓迎してもらえることはとても嬉しく感じていた。
「あぁ。皆と集まるのもなかなか悪くはないな。」
ハクの声が、ギシギシと床の軋む音と共に聞こえてくる。優しくて、ふんわりとした口調。
「ハク、何だか変わったね。」
ずっと思っていたことがポロッと出てくる。
「そうかな?そんなことはないと…其方の方が変わった気がする。」
「え?そんなことないよ。」
「そんなないことない。ハクの方が…なんだか……。」
「なんだか?」
ハクが私の方をみる。暖かな眼差しで私の方をみる。
「…遠くに行っちゃった気がする。」
この油屋に戻って来てから思っていたことを少しだけ言葉に出してみる。
目の前の彼は、私の知ってる彼じゃない。そんな気がするから。
「私が…?遠くに…?」
ハクはしばらくぽかんとしていたが、急にクスクスと笑い出した。
「A…奇遇だね。私も其方と同じ事を思っていたよ。」
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レモン(プロフ) - はじめまして、ハクも格好いいけど紫苑の方が可哀相に思えて、紫苑が好きになってきました。これからも応援してます! (2019年1月20日 22時) (レス) id: e66d7d83c8 (このIDを非表示/違反報告)
しろ - ほほぅ…誤って評価を…ならあなたのかわりに私がいれないでおきます((ニコッ あ!ごめんなさい。誤作動でおしちゃいました★ (2018年12月15日 21時) (レス) id: 7e3c093cf9 (このIDを非表示/違反報告)
名無し43692号(プロフ) - 作者様から返事が、、!ありがとうございます(^O^) 紫苑君の活躍期待してます!笑 ずっと応援してます(^-^)/ (2016年3月26日 19時) (レス) id: 9d06ba8ba1 (このIDを非表示/違反報告)
もなか@中身はこしあん(プロフ) - 季紀さん» 季紀さん!?君の手シリーズ読んでました!(`・д・´)売ってる本みたいだなんて…そんなそんな…!ありがとうございます!これからも頑張らせていただきます! (2016年3月26日 18時) (レス) id: 143efacaa5 (このIDを非表示/違反報告)
もなか@中身はこしあん(プロフ) - 名無し43692号さん» ありがとうございます!紫苑君、これから結構活躍するはずです!見届けてあげて下さい!よろしくお願いします!(´▽`)ノ (2016年3月26日 18時) (レス) id: 143efacaa5 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:もなか | 作成日時:2015年11月19日 1時