・ ページ2
初秋の海はかすかに肌寒かったけれど、僕たちはふたりとも暑がりなタイプだったから丁度よかった。到着するなりあなたはサンダルを脱ぎ捨てて砂の上を駆けていき、ちいさなヤドカリを観察しながら僕の準備が整うのを待った。
「見てよアズール！カニ！」
「かわいいですね。ヤドカリだ」
「こいつ私の足の上登ろうとするんだよ。ほら」
ヤドカリが去ってしまったらふたりで立ち上がって波打ち際に向かった。ワンピースの裾を纏めて器用にたくしあげ、小さくはしゃいだ声をあげながらあなたが波に攫われていく。
「急に深くなりますよ」
「そんなに遠くに行かないよ。アズール来ないの」
「僕は見ているだけでいいです」
え〜？と残念そうに顔をしかめてみせ、それでも来ないと分かったらしく素直に海水を蹴り始めた。柔らかな髪が風をはらんで膨らむ。インスタントカメラで写真を数枚撮った。転びかけるあなた、ヒトデを掴み上げたあなた、波を見つめる視線、こちらに向けた笑顔、遠くの空を眺める横顔。
一通りはしゃいでから車に戻った。暖かい紅茶を持ってきていたからふたりでそれを飲んで少し眠って、目を覚ましたらもう日が落ちかけていた。隣にあなたがいなかったから少し焦って車を出て、辺りを見回す。
「こんなところにいたんですか」
あなたは少し離れた岩場にひとりで座っていた。フナムシがいたから軽く払ってどいてもらうと、あなたが小さく微笑んだ。虫の類いを怖がっているところを見たことがないな、とふと思う。
「アズール。座る？」
「ええ。……なんで起こしてくれなかったんです？」
「ふふ、あんまりぐっすりだったもんでね」
あなたの笑みを含んだ声が風に交ざって聞こえる。傾いた日が水平線を等しくオレンジに染め上げていて、ビーチにいた人影は居なくなっていた。
「前も来たよねえ、ここ」
「……ああ。随分昔のことですね」
「ジェイドとフロイドも居た。あいつら元気にしてる？」
「そうか、最近会っていませんでしたっけ。相変わらずですよ、ふたりそろって身長も伸びたようで」
「また遊ぼって言っといてよ」
他愛もない話をして、ふたりで凭れ合うようにして笑った。以前ここに来た学生の頃に戻ったかのような気がしていた。日が完全に沈んでからも、どちらも立ち上がろうとはしなかった。指が触れるほど寄り添っていたことに気付いた。ふと隣を見るとあなたもこちらを向いていて、キスをして、ようやく立ち上がって手を繋いだ。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 3人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
雀(プロフ) - 青天の霹靂さん» 素敵なコメントをありがとうございます。そんなお言葉を頂けるなんて思ってもいなかったので本当に嬉しいです……☺️ (12月1日 5時) (
レス) @page4 id: c1b4c36bd5 (このIDを非表示/違反報告)
青天の霹靂 - 見直して、好きが溢れてしまったのでコメントを残しておきます。この小説、言葉に出来ないほど素敵で儚くて…好きです！！ (11月30日 23時) (レス) id: 1bafc3cd7d (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：雀 | 作成日時：2023年10月9日 11時
