人見知りとあがり症 ページ8
嫌々ながらも荷物をキャリーケースにまとめ、姉さんに手を引かれながら連れていかれた場所はとても懐かしい匂いがした。
MANKAIカンパニー。
数年前まではまだ輝きに満ち溢れ、真新しく感じられた看板はすっかり薄汚れていたものの、幼い頃のうっすらとしか分からない、けれど確かな記憶とほぼ同じ光景に思わず目が潤む。
父が失踪して以来、静まり返っていた劇団内も、個性豊かな役者が揃ったことにより今ではすっかり騒がしさを取り戻している、と姉さんから聞いていた。だから、その時の私はとてつもなく緊張していたのだ。
寮の玄関をくぐり、廊下を突き進んだ先にある談話室の扉の前で私は大きく息を吸い込んだ。
ドアノブを見つめて数秒。すっかり固まってしまった私を、隣にいる姉さんが心配そうに見つめていた。
一枚の扉を隔てた向こう側から、賑やかな声が幾つも聞こえてくる。
この中に、たくさん人がいる。それが分かるや否や、私の手足はガクブルと震え、一気に顔に熱が集中しだした。
心臓の鼓動がやけに耳に響いてくる。
呼吸が疎かになり、上手く酸素を取り込めない。
ああ、またか。
私は頭を抱えたくなった。
役者として、大勢の観客を前に舞台にあがるため、必死の思いで克服した筈の人見知りとあがり症。それが今になって、再発してしまったのである。
家に引きこもり、誰とも会わなかった時間が長すぎたのだ。
「A、息して！ 息！」
無意識のうちに止まっていた呼吸。それに気づいた姉さんが慌てて私の背中をさすり、何とか落ち着きを取り戻して中へと足を踏み入れた。しかし、それからが最悪だった。
緊張して、上手く話せないときの私は非常に無愛想で。
新しい団員の人達とは素直に話せず。それどころか、折角話し掛けてくれた人達を突き放すような言い方ばかりしてしまう。
とうとう、どうしたら良いのか分からなくなった私は素早く夕飯を食べたあと、用意された自分の部屋に逃げるようにして駆け込んだのであった。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 175人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：櫻餅 | 作成日時：2020年9月11日 23時
