記憶 ページ7
騒がしい劇団の談話室を、特になにかを考えることなくただ呆然と眺めながら思う。なぜ、私はここにいるのだろう、と。
役者を辞めて半年。
大阪から、東京の実家に戻ってきて半年。
落ち着いた雰囲気のカフェにて。
久しぶりに再会した姉が努めて明るく振る舞いながらも私にひとつ、とある提案をした。
「ねえ、A。MANKAIカンパニーの寮に住んでみない?」
MANKAIカンパニー、現在行方不明となっている父の跡を継ぎ、姉さんが主宰兼総監督を務めている劇団のひとつだ。
数年前まではビロードウェイ随一の劇団として賑わっていたが、父や初代団員たちがいなくなって以来、閑古鳥が鳴いていた。しかし、最近その名前をよく耳にするようになった気がする。
「どうして?」
ようやく元の姿を取り戻しつつある劇団に、私みたいな異物を投入しようとする姉の考えが理解できずに首を傾げる。すると、姉さんはよくぞ聞いてくれましたと言わんばかりに、にんまりと口角を上げて笑った。
「じゃじゃーん! 裏方スタッフ募集のチラシー!」
そして取り出したのは、人目を引くような華やかなMANKAIカンパニーのチラシ。
中央には大きく「裏方スタッフ募集中!」と書いてある。
「まさか、それを私にやれって言うんじゃないでしょうね?」
平静を装いながら、砂糖たっぷりの珈琲を口にした。
「そのまさかです!」
何の迷いもなく、はっきりばっさりとそう言い切った姉さんに対して溜め息をつきたくなった。
「……私じゃなくても、他にいい人がいるんじゃない?」
裏方の経験はある。だが、最近ようやく活気を取り戻しつつある劇団だ。これからのことを考えると私みたいな素人より、裏方を専門とする人達の方がいいのではないかと訴えてみる。しかし、姉さんは首を横に振るばかり。
「Aじゃなきゃ、だめなの」
私を真剣な眼差しで見つめ、断言する姉さん。相変わらずの頑固さに、私が再度、溜め息をつきながら折れることとなったのである。
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作者名:櫻餅 | 作成日時:2020年9月11日 23時