月に恋せよ暦ガール 【5】

月恋 第197話 「敵前逃亡断固拒否」 ページ6

「始さん待って下さい! 始さんってば!」

始さんに腕を引かれ、エントランスの扉を潜り外へ出た。

話し合うならせめて、もっと心の準備と言うものをしておきたい。今までまともに顔を向き合わせたことの無い、顔を会わせれば喧嘩ばかりの父と今更どうやって話せと言うのか。そもそも、あの頑固で仕事一筋の父がわざわざ私を心配して東京まで追い掛けてくるだなんて、今だに信じられないのだ。

「い、今更どんな顔して父さんと話せば良いんですか! それに、父さんが私を心配なんてする筈が無いです! 父さんにとって一番大切なのは家族ではなく、仕事なんですから!」

無理だと首を力一杯横に振り、待ってくれと抵抗していればぴたり、不意に始さんが歩みを止め、此方へと振り向いた。それと同時に私の腕を掴んでいた彼の手の力が緩んだ。

手が腕から離れても、私にアイドルとして、芸能界で走り続ける覚悟はあるのかと問い掛けてきたあの時と同じ、とても真っ直ぐで真剣な光を持った藤紫色の宝石を嵌め込んだ様に綺麗な瞳が私を力強く捉え、決して放そうとしない。

此処で逃げるだなんて許さない、そう言われているみたいで思わず背筋が伸びる。

「話し合うか合わないか。それはお前次第だが、俺は此処で逃げるお前を見たくはない」

彼の口から静かに告げられた言葉がドクリ、私の心臓を大きく揺らし脈を打たせた。

アイドルとしての目標を見つけた私に前を向いていて欲しい。そんな始さんの想いがヒシヒシと伝わってくる。

嗚呼、彼の言う通り。私は此処で逃げる訳には行かない。

不器用だけれど誰よりも優しくて強い、後輩想いの彼のために。そして何よりも自分のために。私はちゃんと、父さんと向き合う覚悟を決めなければならない。

私は漸く顔を上げ、前を向いた。

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