鱗滝 左近次 ページ12
「遅いよおっさん。あ、お茶いる?」
「鱗滝さん、お疲れ様です。今、お茶淹れるね」
私はおっさんに、真菰は鱗滝さんに。それぞれお茶を淹れて渡せば二人はどかりとその場に座り込み、一気に湯呑みを傾けてお茶を飲み干した。
お茶を飲み、一息ついたあとのことである。何故か私は鱗滝さんから謝られた。
そう。彼は突如、居住まいを正し、此方に向き直ったかと思えば深々と頭を下げてきたのだ。
「うちの後輩が迷惑をかけた。本当にすまない」
「え、あの、頭をあげてください! そりゃ、驚きはしましたけど、おっさんは私だけでなく、妹の亡骸まで引き取ってお墓を作ってくれました。とても感謝しています!」
あの日の夜。妹の亡骸を抱き締めて離れることのなかった私の頭をおっさんは乱雑に撫で、二人分の金を女将に放り投げて言ったのだ。
『この嬢ちゃんふたり、貰っていくぜ』と。
その一言に、私がどれほど救われたことか。
私が慌てて詳しい事情を説明し、頭を上げるようにお願いすれば鱗滝さんはそれを聞き入れ、ゆっくりと顔をあげた。
天狗の面の目が私を真っ直ぐに捉える。
「だが、何も説明されぬまま修行が始まり、戸惑ったことだろう」
「ええ、まあ。でも真菰が色々と教えてくれたのでもう大丈夫です」
「……鬼殺隊に入る覚悟が出来たのか?」
嗚呼、彼はきっとこれが聞きたかったのだろう。
鬼と戦うということは、容易なことではないと真菰が教えてくれた。
超人的な身体能力を持っているのだ。しかも身体の回復が早く、特殊な刀で首を斬るか、日光を浴びるか、そのどちらかでしか倒せない。
人間には鬼のような鋭い爪も、牙も、常人離れした力も無い。切り落とされた腕も、失った視覚も、そして命も元には戻らないのである。
厳しい修行が終わって、無事に鬼殺隊へ入隊出来たとしても待ち受けるのは鬼と戦い、いつ命を落としてもおかしくない危険な毎日。
自分の命に代えても人々を守り、死と隣り合わせの日々を耐える覚悟があるのか。彼は、私にそう問いたかったのである。
私は背筋を伸ばし、天狗の面を見据えた。
「正直に言うと、まだ覚悟は出来ていません」
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作者名:櫻餅 | 作成日時:2021年5月27日 0時