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僕は静かに入って煙草を銜えた時やった。
「吸うんや。」
その言葉に視線を向けると彼は冷ややかな目で僕を見てくる。
「えぇ……吸いますよ。」
「意外。」
「え？吸わないように見えますか？」
「いや、別に。」
それ以上言わないのは……あの時の事を言いたいんだって僕は分かった。
気にしないようにしようと思っても気にしてしまうのは……彼の靴を見ても安い靴だって感じない。
スーツだってきちんと仕立てているのが分かるし、一番は時計。
時計は好きだからすぐに他人の物を見てしまうんやけど、そのメーカーは軽く3桁の数字を叩き出す品物だって。
「あの書類クソよな。」
急に言われた言葉に僕は紫煙を床に吐き出してから彼を見ると小さく笑って言う。
「うちの会社の書類。あれ、最低レベルやって思う。」
「そうですか？」
「あ、そか。他人さんの書類にケチは付けれんから言えんかもしれんけど、クオリティ最低モノやで。」
きっぱり言う言葉に僕は黙って見つめてしまう。
「そんなのあんたに言っても意味ないんやけど。」
スマホをポケットに入れてから彼は立ちあがる。
「会いたくないって思うと、こうして変なところで会うんやね。」
返事をすべきはずなのに僕はできない。
彼の悲しい目を見てどう答えるべき？
僕はこういう時の対処方法を知らない。
「ほんまに覚えてないんよね？」
その言葉に僕は頷くと彼は「そっか。」と小さい声で言う。
「仕事の事は覚えています。だからこうして今の役職でやっていけている。ただ、私生活は申し訳ない状態で。」
「思い出す必要ないってあんたの頭が決めたんだな。」
人差し指でこめかみを何回か叩いて合図する仕草
薄暗い照明の中でスーツ姿の彼はあの店の制服や普段着と違い恐ろしく綺麗に見え恐怖が増す
「大倉さん……」
「何かの本で読んだ。人は思い出したくない事や何かあると無意識に記憶を消す。病気かなんか知らんけど仕事の事を覚えていて私生活覚えてないってことは……簡単やん、私生活で思いっきりかかわっていた俺が嫌だってことなんやって！」
廊下で小さい音で流れている音楽がとてつもなく大きく聞こえる
頭の中がぐるぐるして、彼が何を言っているのか理解できない
彼はなぜ泣きそうな目で僕を見ている？
彼はなぜ僕を責める？
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作者名：瀬奈 | 作成日時：2019年12月3日 18時
